2009年10月31日土曜日

(538)ビルマ今週のニュース(40号)

(2009年10月31日)
  BURMAINFOのニュース40号から抜粋。 ★ビルマ難民・避難民に食料などを支給する「タイ・ビルマ国境支援協会」(TBBC)は、ビルマ東部の紛争地域の情勢が一段と不安定化し、この1年で7万5千人が家を追われ、来年の総選挙までにさらに悪化すると発表。 ★ヒューマン・ライツ・ウオッチなど8団体は、ロヒンギャ民族の保護と、彼らに対する人権侵害を止めるよう軍政に働きかけることを千葉法務大臣と岡田外務大臣に要望。保護を受けられない人は日本にも数十人いる。 ★米国は近くビルマに代表団を派遣するが、キャンベル国務次官補の参加は未定。 ★米国務省は信教の自由に関する年次報告書に特に懸念される国にビルマを指定。 ★スーチー氏の拘束期間が24日で満14年。 ★アセアン首脳会議ではビルマ民主化問題は焦点とならず。 ★政府開発援助は5つの学校校舎建直しに38万ドル。

2009年10月30日金曜日

(537)東洋の真珠ヤンゴン

(2009年10月30日)

  最近相次いで2冊のビルマ関連の書籍が連合出版から発行された。1冊は「東洋の真珠ヤンゴン」、桑野淳一著、2009年9月9日発行。他の一冊が、「ビルマ万華鏡」 土橋泰子著、2009年9月5日発行、共に2200円。まず「東洋の真珠」であるが、著者は広く海外の紀行書を著しており、本書は数度の渡緬を経てヤンゴンの街をくまなく歩き、古き著名な建造物をその歴史とともに紹介し、現在の目線で書いている。私は過去4回ヤンゴンを訪問したが、いずれも2-3日の滞在に過ぎず、本書に出てくる建造物はほとんど知らなかったので今回参考になった。それよりも歴史書としてヤンゴンを眺めることができ面白かった。特にモン族とビルマ族の争い、3度の英緬戦争、英国統治下のヤンゴン、イギリスの爪あとなどワクワクしながら読んだ。ヤンゴン大好き人間にお勧めしたい。なお「ビルマ万華鏡」は後日紹介予定。



2009年10月29日木曜日

(536)恥ずかしい! 間違えちゃった

(2009年10月29日)
  昨日は自信満々ビルマ人帰国者280人説をナンセンスと断じた。その論拠は入管収容者(ビルマ人女性)に帰国希望者がいなかったためだ。でも書き終わってからなんだか落ち着かなかった・・・・何か違うようだ。けさ起床寸前にピカッと閃いた。そうだ、「出国命令」制度の存在をすっかり失念していたのだ。5年前に法律が改正され、違法残留者であっても、速やかに出国する意思があって、自ら入管に出頭すれば、事実上収容されること無く帰国でき、1年後には再入国が可能となる制度だ。この制度を利用してビルマに帰国した人がどのぐらいいるのか私は寡聞にしてわからない。おそらく誰もわからないはずだ。私は12年間、入管面会活動を続けており、当初は強制送還対象者に対してのみ面会を続けていたので、ついつい古い制度だけが頭の中にあったために起きた失態だ。あるいは80歳という年齢のためかも。

2009年10月28日水曜日

(535)またまたコーラーハーラー(噂)

(2009年10月28日)
  先日、入管構内で偶然会ったビルマ人と立ち話をしたが、彼はそのとき「最近ビルマに帰国するビルマ人が多く、難民申請した人も、しない人も合わせて280人はいる」とまじめな顔でいう。このように具体的な数字が出ると、いかにももっともらしい。「根拠は?」と聞くと「友人から聞いた」と。我が家に帰っていろいろ考えたがどうも違うようだ。私は品川入管でビルマ人女性と毎週面会しているが、今週と先週面会したのが19人、全員難民申請中であり、難民申請していない人は皆無だ。難民申請することなく単純に帰国を希望する人も必ず入管に2週間程度収容されるから、もしそういう人がいれば私の耳に入る筈だ。そのような人(女性)は最近では誰も居らず、男性もおそらく同じ傾向を示しているはずだ。280人なんて全くデタラメの数字であり、これもビルマ人の大好きな「コーラーハーラー(噂)」の一つではなかろうか。

2009年10月27日火曜日

(534)シュエ・ガス・オイル・プロジェクトの中止を

(2009年10月27日)
  先日のビルマ今週のニュース(531)で、ビルマ沖のイエタグン天然ガス田の海洋プラットフォーム建設工事を新日鉄のタイ子会社が受注し、2012年に完成する話題を取り上げた。日本の経済支援は人道面に限られていた筈だが、実際にはこんな支援もしていたのか、何か裏切られた気がする。ところが今朝アラカン民主連盟(亡命、日本)からのニュースレターを見ると、ビルマ軍事政権と中国が手を組んで進めている「シュエガスオイルプロジェクト」は、アラカン沖から中国までビルマ国内縦断の形でパイプラインを建設し、石油や天然ガスを中国に送り込むもの。この結果はビルマ国内に深刻な影響を与えるので、アラカン民主連盟はこのプロジェクトを中止するよう各国にある中国大使館前で抗議アクションを実施するという。東京では10月28日2時の予定。しかし、一民族(団体)がリードするには荷が大き過ぎないか。

2009年10月26日月曜日

(533)シュエゴンダイン声明 どう動くNLD②

(2009年10月26日)
  昨日に続きシュエゴンダイン声明について感想を述べる。NLDの軍政に対する要求は従前のものと変わっていない。例えば、政治囚の解放、08年憲法の再検討、自由な組織活動、90年の選挙結果の承認、対話活動の推進、自由公正な総選挙など、いずれも正しい主張だ。従来の主張に比べ、唯一の違いは上記の要求が通れば選挙に参加してもよいという箇所だ。しかし、これらの要求を軍政側が飲むとは到底考えられない。しかしもう一つ変わった点がある。アメリカのオバマ政権の対ビルマ政策の変更である。すなわち、北朝鮮による核移転問題も頭に入れて今までの北風政策から太陽政策に切り替えたことだ。最近のニュースによれば、アメリカ国務省のキャンベル次官補らが軍政側と2回目の高官級の直接対話に臨むという。NLDは米国の動きを注視しつつ、主張すべきところは大いに主張したらいいと思う。

2009年10月25日日曜日

(532)シュエゴンダイン声明 どう動くNLD①

(2009年10月25日)
  昨日ビルマの友人から「シュエゴンダイン声明書に関するシンポジウム」の案内を戴いた。シュエゴンダインというのはヤンゴンの主要道路の一つで、そこにNLD本部会議室がある。そこで3月28日、29日にNLD及び同党を支援する各団体代表者が集まり、NLDの立場を表明した。3月にオバマ新大統領の特使(国務省のブレーク東南アジア部長)がニャンウイン外相やNLD幹部と接触している。たぶんこのときアメリカ新政権の意向を知り、NLDとしての態度を表明することになったと思われる。この会議の結論は、①全政治囚が解放され、②2008年憲法を修正し、③国際的監視のもと公正な選挙が行われれば(一部省略)、NLDは選挙に参加する可能性があるというもの。その後8月にウエッブ上院議員がタンシュエ議長とスーチー女史に面会している。その後、上記内容が変わったかどうかはわからない(続く)。

2009年10月24日土曜日

(531)ビルマ今週のニュース(39号)

(2009年10月24日)
  BURMAINFOからのニュース39号から抜粋。 ★国連のキンタナ氏(ビルマの人権担当)は国連総会第3委員会で「ビルマの人権状況は非常に悪く、民族居住地区を中心に食糧危機が発生」と報告。 ★米議会下院外交委員会でキャンベル国務次官補が「米国の制裁は国民ではなくビルマ軍政や政商を対象にしており、投資環境も以前から悪かった」と。★カチン独立機構(KIO)が軍政側に1947年のパンロン協定を軍政が守るならば武装解除に応ずる旨新提案をした。 ★新日鉄のタイ子会社がビルマ沖のイエタグン天然ガス田の海洋プラットフォーム建設工事を受注し、2012年に完成予定。 ★汚職・腐敗問題に取り組む国際団体トランスペアレンシー・インターナショナルは世界180カ国の腐敗認識指数を発表ビルマはソマリアに次いでワースト2位。 ★国境なき記者団は世界175か国中ビルマは171位。

2009年10月23日金曜日

(530)10人ずつ2交代制 面会活動

(2009年10月23日)
  ビルマ人に対する入管面会活動は97年から続いている。当初は警察に捕まって不法入国の罪で裁判となり、裁判終了後十条の入管に移送され強制送還になる例が多かった。今のように難民認定申請をする人はほとんどいなかった。当初、ミンガラ日本語教室の生徒、すなわち知人を中心に面会していたが、06年に牛久入管を訪問、ここで田中、大瀧、細田さんらの活動ぶりを見てショックを受け、以降知らないビルマ人(ただし女性)にも面会するようになった。牛久での最盛期には1日に20人に会うことができたが、現在品川では1日10人に制限されている。ところが最近どんどん収容者が増え、女性だけで20人、結局2週に分けて10人ずつ面会せざるを得ない。2週間隔では顔と名前が覚えられない。ましてこちらは80歳だ。前にも述べたが収容すれば税金が使われる。一人当たりの収容期間を短かくしてよ。

2009年10月22日木曜日

(529)参与員を増員して難民審査を迅速に

(2009年10月22日)
  先日の日経によれば法務省は難民不認定に対する異議申し立ての審査期間を短縮するため、第3者として法相に意見を述べる学識経験者ら「難民審査参与員」を、年内にも現在の28人から、倍増も視野に入れて大幅に増員する方向で調整に入った。難民認定申請者は、政情不安の続くミャンマーから出国した人の申請が急増し1998年に133人だったのが2008年には1599人と10倍以上に。審査態勢が追いつかず、申請から異議審査の結果が出るまで平均2年以上かかっている。申請者は労働を許可されず生活に困窮するケースが目立つため、審査の迅速化が課題となっていた。民主党は衆院選直前にまとめた09年政策集で難民支援を重視している。私は多くの難民申請者と接しているが、長期間働くことができずにどうやって生きて行けというのか、彼らの不信感はつのっている。これって人権問題だよ。

2009年10月21日水曜日

(528)家庭経営チェックの第2弾 株と投信

(2009年10月21日)
 バイバイする前に私は何をしておけばいいのだろうか。家庭経営チェックの第1弾として保険の整理(522)を取り上げたが、第2弾は所有している株と投信の現状確認だ。ここで金額を言うわけにはいかないが、株はライオンと花王の2社だけ、私はライオン出身なので、二つの銘柄は親近感が溢れている。一方、投信は9件(家内が7件)あるが、例の100年に一度の大不況ではなすすべがない。かろうじて中国とインド関連の投信が頑張っていたに過ぎない。これ以外の銘柄はいずれも目を覆いたくなる惨状である。アメリカ発の不況だからオバマ大統領あたりが私に謝って当然だと思うのだが、今まで音沙汰はない。私には見たくないのがこの世に二つある、一つが巨人が勝った翌日の新聞、もう一つが昨日苦心して作ったこの投信の損益一覧表。バイバイする日がいつだか見当もつかないが、少しでも上乗せして欲しいな。

2009年10月20日火曜日

(527)噂がうわさを呼んでいる

(2009年10月20日)
  ビルマ人は噂話が大好きなようだ。日本人だって大好きだけど、ビルマ人には到底かなわない。先日噂話にしてはちょっと真面目な話が飛び込んできた。「先生、来年になると在日ビルマ人の難民申請は中止されるんですか」、「先生、来年になるとビルマに送還されるんですか」、はたまた「我々が帰国するとビルマ政府は歓迎してくれるという話がありますが本当ですか」。おそらく来年の総選挙に関連した噂であろう。ビルマでは来年から軍事政権でなく民政政権が成立する。日本政府は勿論その成立を認めるであろうし、オバマ大統領の動きに反応して欧米各国もその成立を承認しそうだ。スーチーさんだって、ふらふらしだした。10年前には在日ビルマ人の民主化運動のリーダーたちが寝返って、英雄視されて帰国した例もある。在日ビルマ人も「祖国が民主化されたら帰国したい」という。前記の噂話はシリアル過ぎる。

2009年10月19日月曜日

(526)「JURIST」を読んでみました②

(2009年10月19日)
  昨日に引き続き「改正入管法・住基法と外国人政策の展望」について気がついた点をまとめる。私はこの2法、特に住基法についてかねてから不満を持っていた。住民である外国人を追い出すことに力を入れ、共生の精神が見られなかったからだ。いままで投票を続けてきた自民党に決別した原因でもある。井口教授は「外国人の公正な管理だけでは不十分であり、自治体レベルの取り組みを基盤とし、外国人の『権利の尊重と義務の遂行』を真剣に追及する制度的インフラ整備が必要である」とし、さらに「国の出入国管理政策と並んで、市町村レベルにおける外国人政策の推進を法令上も明確にし、自治体の情報、権限及び財源を強化しつつ同時に国との効果的な協力関係を作り出すことは、政権交代後の外国人政策改革の重大な課題といえよう」、「日本語学習機会を保障する問題は政府全体で取り組むように」と。

2009年10月18日日曜日

(525)「JURIST」を読んでみました①

(2009年10月18日)
  図書館で「JURIST」1386号(2009年10月1日号)を借りてきた。この雑誌は実用法律雑誌であり、難解な法律の解説で全頁埋め尽くされている。その中の「改正入管法・住基法と外国人政策の展望」(関西学院大学教授・井口泰氏)を読んだ。この2つの法律を改正するに至った背後事情が親切に説明されており、法律門外漢の私でも「なるほど」と頷くところが多かった。現在難民申請中で在留資格のない外国人に対する処遇についても、われわれBRSAですら抗議の要望書を出したぐらいに杜撰であり、井口氏は「不法滞在者が自治体から最小限の行政サービスが享受できるという面も、もっと考慮すべきであった。この点に関し、政府内部の検討はとても不十分なものであったので、衆議院の与野党合意で修正を加えられることになる」とこき下ろした。私は修正後の内容を知りたかったがその解説は無い。(続く)

2009年10月17日土曜日

(524)あと2人! やったぁ 15000人だぁ!

(2009年10月17日)
  現在アクセスカウンターは14998、あと2人で15000人だ。14000人のときも13000人のときも結局大台を踏む瞬間を逃していたので、今回は写真に撮っておきたい。愛用のキャノンデジカメを机上に用意した。あとたったの2人だが、瞬時に進むのか、1時間以上かかるのか見当がつかない。カウンターはブログの完成画面に出ているので、この投稿画面では見る事ができない。このため少し打っては完成画面を覗くというくだらない時間を費やしながら、大台になるのを待つ。あと2人、早く読んで! 気になってブログの完成画面を覗いてみたところ・・・・、やったぁ15000人ちょうどだ。早速机の上でスタンバイしておいたデジカメでハチリ、きれいに写っていた。0が3つも並ぶのは何かおめでたい気がする。これからはチマチマ撮らないで、一挙に20000人を目指そう。読者は1日約50人、1月下旬に達成する予定だ。

2009年10月16日金曜日

(523)ミンコーナインを忘れないで

(2009年10月16日)
  PFBからのメールマガジンによれば、「ミンコーナインを忘れないで」という集会を明後日池袋で開催するという。ミンコーナインの名前は10年前からビルマ民主化運動のリーダーとして知っていた。彼は88年の民主化運動の主役を担った学生たちのリーダーで、89年3月に軍事政権によって逮捕され、17年以上獄中生活を送り、2004年11月に釈放、「88世代学生同盟」の主要メンバーとして2007年8月、9月のサフラン革命のときのデモ行進の口火を切った人物だ。現在47歳、シャン州のケントン刑務所に収容され、視力の低下や心臓病を患っている。私の知人のあるビルマ人が数年前ビルマ大使館前でデモをしたとき、ミンコーナインの友人であるとして「88世代学生同盟」の名称を勝手に使って、周辺のビルマ人からさんざん叩かれたことがあった。そのプラカードを書いたのが実は私で、ほろ苦い思い出である。

2009年10月15日木曜日

(522)家庭経営チェックの第1弾

(2009年10月15日)
  昨日のブログに「マニフェスト」という新しいカテゴリー(ラベル)を設けることを発表したが、まずその第一弾。私が一番気になっていたのはバイバイした時の財産がどの程度であるかという点。5年ほど前に、一度整理したことがあるが、この不況下でどうなったのか確かめたかった。一番最初に手がけたのが、保険関係である。我が家の2人は保険大好き人間であり、2人で生命保険8つ、医療保険2つ、損害保険3つ(傷害、自動車、火災)と全部で13件の保険に加入している。特に生命保険8件は多過ぎる感もあるが、株や投資信託が大幅に目減りしている現在、元本保証の安定した貯金の形となっている。シメシメ。残りの医療保険や損害保険は、いざというときの備えであり、これもそれなりに役立っている。この一覧表を作成するのに数日掛けたが、「備えあれば憂いなし」を実感した。この次の第2弾は株と投信だ。

2009年10月14日水曜日

(521)「マニフェスト」をカテゴリーに

(2009年10月14日)
  現在執筆中の「U MINGALARのつぶやき」のカテゴリー(ラベル)は今12項目あり、多い順にビルマ問題(144回)、入管(99回)、難民(75回)、BRSA(64回)となっている。ところで難病(黄色靭帯骨化症)と診断されてから、(491)(503)(506)(512)にあるようにこの1年間はこれまでの活動を大幅に縮小し、80歳を過ぎてもやりたかった、というか、やり残した活動に集中して、後顧の憂いがないようにして次年度に臨みたいと考えた。やり残したことは何か、これも皆さんにお知らせしたほうがいいかなと思い、新たなカテゴリーに「マニフェスト」を追加することにした。もちろん従来のカテゴリーに該当する活動のブログ化はいずれも継続するので、まあ1週間に1度ぐらいの頻度で掲載されると思う。このカテゴリーの中で大きなテーマは、①家庭経営チェック、②自分史完成、③エッセイ集完成など。さてどうなるか。 

2009年10月13日火曜日

(520)苦労してる 品川日本語教室③

(2009年10月13日)
  私の書斎には13年前からキャノン製のコピー機が置いてある。当初は9枚まで連続コピーができるタイプで、授業の前日にはずいぶんこき使ったものだ。今あるものはキャノンDPC960といい、ヤマダ電機で5万円台で購入、裏表印刷可能な優れもので小生自慢の機器である。ところが最近街を歩くと、コンビニには両面コピー機が置いてあり、スーパー・マルエツには白黒コピー5円、カラー30円の新型コピー機が置いてあった。我が家の優位性がどんどん崩れていく。零細企業の哀れさがなんとなく理解できる。明日は水曜日、品川入管訪問の日だ。一応収容者の半数10人に3級と4級の試験問題集を届ける予定だ。しかし彼女らの入所日がまちまちなので、誰にどんな教材を渡したのか常にチェックが必要、この作業も結構手間がかかる。将来彼女らが街角で日本人と笑顔で話し合っている風景を夢見ているのだが。

2009年10月12日月曜日

(519)苦労してる 品川日本語教室②

(2009年10月12日)
  昨日に続いて品川日本語教室の現況を報告しよう。牛久入管と違ってここの面会時間は僅かに10分。透明仕切りガラス板の向こうには3-4人の収容者が並び、まず彼女らの希望や問題を聞く。みなが発する言葉は同じだ。「いつ出られますか?」、残念ながら「2~4ヶ月」としか答えられない。入管当局はこの点もっと透明性を高めるべきではなかろうか。そのほか、自身の病気やストレスに関する発言も多い。一人2-3分喋ってもすぐ10分は過ぎてしまい、係官が来て連れて帰る。こんな状況だから面会時に日本語を教える時間はない。このため私は差入品に気を使っている。先週は漢字4級と3級を希望者に渡し、今週は、2008年度日本語能力試験の問題を全員に渡す予定だ。そのために我が家にあるコピー機はフル運転だ。一冊ずつホチキス止めをするとき、収容されているビルマ人女性の笑顔が次々と浮ぶ。

2009年10月11日日曜日

(518)苦労してる 品川日本語教室①

(2009年10月11日)
  アキバのミンガラ日本語教室は在日ビルマ人の間で有名であり、ビルマ本国でも名前が売れている。何しろ13年間ビルマ人専門に日本語を教え、修了生はすでに2000人近い。2006年ごろ牛久入管に収容されていたビルマ人女性延べ40人に日本語を教えたことがある。いわゆる出張授業だ。彼女らは今と違い平均10ヶ月もの間取り調べは無く、何にもすることが無く、ただ身の不幸を悲しんでいた。そこで私は彼女らに日本語の通信教育を始めたのだ。私が日本語能力試験に出た問題をコピーして渡し、彼女らが次週までに解答し、それを採点して戻すという方法だ。今品川入管でも同じ方法で実施している。ただ品川の場合現在約20人が平均4ヶ月間収容されていて、面会者は1回に10人しか面会できないので、やむを得ず1組4人3人3人の10人の班を二つ作り、毎週1班ずつ(結局毎週)面会している(続く)。

2009年10月10日土曜日

(517)ビルマ今週のニュース(38号)

(2009年10月10日)
  BURMAINFOからのニュース38号を抜粋。 ★スーチー女史は今週軍政の連絡担当相と2度会談、氏がタンシュエ将軍に書簡を出したことを受けたもの、NLDはこれらの会談を歓迎したが、「ビルマの政治、経済危機を解決するにはスーチー氏とタンシュエ将軍の直接対話が必要」と述べた。 ★スーチー氏は9日に英国大使、米国代理大使、オーストラリア公使と会談、制裁についても話し合われた。 ★カンボジアで3日、第2回日メコン外相会議が開かれた。ビルマ関連で岡田外相は「欧米の政策が変わってきてビルマにとってチャンス、総選挙は国際社会がビルマに理解を示せるかどうかのきっかけとなる」と述べた。 ★ニャンウイン外相は「ビルマは原子力の平和利用に関心があるが核兵器を持つべき理由はない」と説明。 ★岡田外相は「最近米国のビルマ政策は日本のアプローチに近づいてきている」と発言。

2009年10月9日金曜日

(516)品川入管 面会方法の小さな変更

(2009年10月9日)
  最近品川入管での面会受付方法が少し変わったので紹介しよう。1階に専用の出入り口ができたのはすでにご存知の方がいるかもしれないが、先週から7階の受付が①と②の二つに分かれた。①のほうは差入品がない面会者用で、②は差入品のある面会者用だ。スペースは②のほうが広く、私のように10人もの収容者に差入品を渡す人には便利になった。スーパーマーケットで3品以下しか買わない人のための専用キャッシャーと同じ発想か。それに伴い部屋の中の椅子席の配置も変わった。まあ「カイゼン」にトライすることはいいことだ。1階の専用出入口の設置も、トイレに行きにくくなった、喉が渇いても飲料水を買いに行きにくくなったとか、あるいは番号札を取るとき、従来は延々と並ぶことができたが、今は狭い部屋の中をぐるぐるくねくね並ぶので、時に混乱が見られる。受付台の張り紙の乱雑さも気になるな。

2009年10月8日木曜日

(515)どうする? いよいよ民政化だ

(2009年10月8日)
  来年いよいよビルマ流民主政権が誕生する。銃口を国民に向けることのできる軍事政権は遂に最終コーナーを回りだしたのだ。今朝の朝日は「軍政、選挙活動も独断」、「候補者着々・国営紙PR」、「日程・法律発表せぬまま」、「反勢力の順部外準備妨害?」という見出しを並べていた。総選挙の実施が来年というのに肝心の政党法や選挙法が今なお公表されず、日程も不明のままだ。だが総選挙後も権力を維持したい軍政はすでに候補者を決め、事実上の選挙運動を繰り広げている。国際社会が求める公正さや透明性は、早くもないがしろにされている。消息筋によると、軍政は総選挙の大半の候補者をすでに選定、多くは軍人だという。軍政の翼賛組織連邦団結発展協会(USDA)が中心となり事実上の選挙運動が始まっている。世界各国もおそらくこの新政権をしぶしぶ認めざるを得まい。軍事政権はかかと笑う。

2009年10月7日水曜日

(514)どうもよくわからん 収容者の急増

(2009年10月7日)
最近どうもよくわからんことが多い。例えば品川入管の難民申請中のビルマ人女性が最近ぐんぐん増加している。もちろん男性もだ。男女合わせて90人近いという噂もある。どうしてビルマ人入管収容者が激増しているのだろうか。いろんな説が流れている。①3年後に新入管法が施行されるので、その際問題の多い不法滞在者や難民申請者を今のうちに減らしておくという説、確かに3年後新法が施行されたら、彼らには在留カードが発行されず、このため地下に潜って非行に走るのを避けるためという説。②このたび民主党政権に変わった為、今のうちに実績を上げておこうという入管側の焦りの表われという説。③来年ビルマで総選挙が行われ、評判の悪かった軍事政権から晴れて?民政政権に移行するため、その前に態度の曖昧な不法滞在者を一掃しようとしているとの説。④単に入管職員が職務に忠実であるとの説。

2009年10月6日火曜日

(513)米国の政策転換でも ムリ

(2009年10月6日)
  10月5日の朝日社説にミャンマー問題が取り上げられ、その表題は「米国の転換を突破口に」というもの。概要は以下の通り。「オバマ政権が対ビルマ基本政策を転換し、近く軍事政権との直接対話に乗り出す。米国は21年前から厳しい制裁を続け、民主化を迫ってきたが、軍の独裁体制はむしろ強まっている。今年北朝鮮の協力で核関連施設の建設疑惑が浮上したが、軍事政権が核開発に手を染めれば米国のアジア政策は根底から覆る。一方テインセイン首相は国連で経済制裁の全面解除を求め、軍主導で総選挙を行う意思を示したが選挙にスーチー氏を含むNLDの参加を保証する必要がある。日本政府は新規援助を原則凍結する一方で、翼賛組織のトップを招いた。米国の転換を好機に軍政に変化を促す外交を強めたい」という。軍政はしたたかだ。民主化に転換させるには膨大な経済援助が必要なのでは?

2009年10月5日月曜日

(512)マニフェストって すぐ変わっちゃうよ

(2009年10月5日)
  昨日は日曜日、私の作ったばかりのマニフェストによれば10月から授業無し・・・・の予定だったが、なんと昨日はアイウエオクラスの授業を引き受けてしまった。9時15分に教室到着、9時半から授業開始、生徒は5人だった。さて引き受けちゃった理由は、私が引退するに当り後任を引き受けて戴いたKUさんが、急に会社の都合で10月から土・日が出勤日に替わったとのこと、私も会社勤めの経験があるので、まあしょうがないか、誰か替わってくれるだろうと思っていると、10月4日は誰もいないとのこと、そもそも私も少し責任があるので、それじゃあということで教室に向かったのだ。授業終了後、代表者であるMN氏と今後の担当教師につき相談、彼の言葉巧みな誘導で結局私は12月まで担当授業をすることに。先日の品川入管隔週訪問⇒毎週訪問といい、今回の授業の件といい我がマニフェストは変幻自在。

2009年10月4日日曜日

(511)こじんまりだが なかなかの盛況

(2009年10月4日)
 午前中アキバのミンガラ日本語教室のアイウエオクラスで1時間半授業、この詳細は明日書くことにする。2時ごろ板橋区大山商店街での灯明祭り(ダディンジュ)に急行した。今まではNLDが主催していたが、昨年実施の際の騒音騒ぎで地元の反発を招き、結局場所が借りられなくなり主催を断念、その代わりにお坊さんのグループが主催して今回の開催となった。大山にはAPFSの事務所があり、開催には絶大なご協力があった由。さて商店街の中ほどにある税務事務所の前庭の小さい広場での開催となったが、舞台もできており、ビルマ料理などのお店が10数店並んでいた。舞台では私の親友今村氏が独唱したり、ビルマ人コーラスグループの指揮をとったりの大活躍。こじんまりとして盛況だ。私も多くの旧友と会えた。今までの民主化グループによるティンジャン、ダディンジュと様変わり、時代の「CHANGE」を感じた。

2009年10月3日土曜日

(510)ビルマ今週のニュース(37)

(2009年10月3日)
  BURMAINFOからのニュース37号を抜粋。 ★スーチー氏の控訴審でヤンゴン地裁は1審の有罪判決を支持し、氏の控訴を棄却。 ★米国務省は新しい対ビルマ政策を発表し民主主義や人権について軍政との直接対話を始める、ビルマ側で改革に向けた具体的な進展があるまでは既存の制裁を維持すると明記。 ★スーチー氏がタンシュエ議長宛の書簡を準備、書簡で氏は「制裁を解除するために軍政と協力する用意がある」、「まず既存の制裁の効果について制裁を課している国から説明を受けた後、NLD幹部らと協議することを望んでいる」と。 ★ウエッブ議員が委員長をしている上院のアジア太平洋小委員会でビルマ制裁の効果などについて討議。 ★軍政と停戦協定を結んでいる武装勢力の一つカチン独立機構は国境警備隊への改編には応じているが国軍の指揮下に入ることは拒んでおり緊張が続く。

2009年10月2日金曜日

(509)すばらしいご褒美 セインミンさんから

(2009年10月2日)
  私も背が高いが、セインミンさんもビルマ人にしては結構な身長で柔和な立ち居振る舞い、紳士だ。お会いしたのは数年前で、BRSAの活動と彼のやっているSCI(Self-Funding Committee International)の活動が似ていることから懇意となった。2ヶ月ほど前に、在日ビルマ人を支援している日本人に感謝するお祈りの会を設けたいとのご提案があった。開催時間が夕方であったので体調を考え出席は丁重にお断りした。その後、この会の具体化を中心になって進めていた女性が入管に収容されたため、会そのものがどうなったか気になっていた。ところが今朝セインミンさんから私宛に立派な表彰状と、素晴らしいクリスタルガラス製の置物を戴いた、嬉しい。たまたま私は例の難病で気持ちが沈んでいたときなので、これを機会にまた元気が出そうだ。セインミンさん、そしてSCIの皆様、心から感謝申し上げます。

2009年10月1日木曜日

(508)昨日はデートの日 でも風評が

(2009年10月1日)
 とうとう10月になったなあ。街々の落ち葉が目立つようになったが、私の髪の毛も・・・・。ところで昨日は水曜日、13年間続けている入管訪問の日だ。最初の9年間は男女の関係なく入管に収容されでいる知人のビルマ人に面会していたが、最近の4年間はもっぱら難民申請中の未知の女性ビルマ人。彼女らの平均年齢は30歳代か。ところで最近の収容者の急増は激しく、とうとう20人を超えた。だから全員に会うには10人ずつ2班に分けざるを得ない。昨日はこの第1班10名に面会したが、「私が病気でもう面会に来られない」との風評が流れていたらしく、みなホッとした様子で笑顔に変る。そして収容者からは私の病状を気遣う言葉が多く発せられ、心底嬉しかった。さてこうなると我がマニフェストをどうしよう。「月2回に減らす」というのは無理なので、いままでどおり毎週面会することに戻そう。鳩山政権も大変だなあ。