2012年3月17日土曜日
(1404)難民認定申請および処理数の推移
1982年以降2011年までの難民申請に係る一次手続と異議手続に関する一覧表が全難連から公表された。その表によると、2011年の一次手続の場合、申請数は1867件、難民認定数7件でなんと認定率が0.3%だ。年次別に見ると08年4.4%、09年1.2%、10年1.8%、(30年間の合計では4.6%)。だから、この0.3%が目立つ。入管側は、一次審査期間が6ヶ月以下に短縮されたと豪語するが、その結果がこの数字のようだ。また、一次審査で不認定になった人が異議手続で追加認定された例も僅か14人(1.6%)しかいない。一方未済の人は毎年増え続け、2600人に上っている。参考までに82年以降30年間の合計は、難民申請者は1万1754人だが、難民認定者は598人、人道配慮は1994人と極めて少ない。難民鎖国はいつまで続くのか。
| リアクション: |
2012年3月16日金曜日
(1403)読了90冊目:「クンサー」
「クンサー」、副題は「この麻薬王と知ってはならない黒い世界」、小田正太郎著、1987年7月・情報センター出版局発行、396頁、定価1500円。著者は日本テレビ入社、85年に世界のジャーナリストが果たせなかった「クンサー」との取材会見を実現。タイ側とミャンマー側の検問所の突破にはらはらさせられ、難行軍の末クンサー軍の基地に到着、ここでクンサーと会見、彼からは、「麻薬を撲滅したい」という意外な発言が。黄金の三角地帯に君臨しているクンサーは、世界に流通してるヘロインの70%を思いのままにしており、私兵を雇い、武器を購入し、敵と戦う体制を構築。その敵とは、ビルマ政府軍、ビルマ共産党軍、中国国民党残党などがあり、さらにその奥には米国のDEA(麻薬取締局)があり、話は台湾やマレーシアに及ぶ。まさに暗闇の中の豪快小説だ。
| リアクション: |
2012年3月15日木曜日
(1402)難民認定制度 乱用者を一般化するな
3月15日の朝日「私の視点」欄に標記の見出しで、アムネスティ・インターナショナル日本(難民・キャンペーン担当)の庄司洋加氏が投稿していた。最近難民認定制度の乱用が指摘されるが、真に難民と認められべき人はその何十倍もいる。欧米では1国で毎年数千人も難民として受け入れているが日本ではわずか数十人。また一次審査が短縮されても、行政手続の期間は延べ2年かかる。難民申請者の多くは就労不可であり、政府から支給されている保護費だけが命綱だ。民主党は2009年の政策インデックスで、難民認定行政の法務省からの切り離しなどを表明したが、約束を果たしていない。難民認定手続の適正化と共に、認定を待つまでの期間、基本的な人権を保障して欲しい。一部乱用者を一般化して彼らに手を差し伸べることに躊躇すべきではない。
| リアクション: |
2012年3月14日水曜日
(1401)読破89冊目:「ミャンマーの地図」
ミャンマーを旅行するにも、ミャンマーの歴史や文学などを学ぶにも、必需品がミャンマーの地図、旅行案内書などには簡単な地図は掲載されているが、いざ本格的な地図となると販売店は少ない。いま私の手元にあるのは、PERIPLUS社のミャンマー地図、丸善に頼んで入手してもらった。大きさは約50センチ×80センチ、価格はUSドルで8.95ドル、日本円で700円ぐらいだ。この地図の特徴は、ミャンマー全体の地図が一面に印刷されていて、その裏面には、ヤンゴン、ヤンゴン中心部、マンダレー、バガン、旧バガンの各地の地図も掲載されている。もちろんすべて英文からなっているが、土地名などは、日本人にも何とか理解できる。書店での取り寄せ形式でしか入手できないが、多少の日数で入手可能だ。ミャンマー関係者にはぜひ手元におきたい一冊だ。
| リアクション: |
2012年3月13日火曜日
(1400)ダウェイ港開発、本格始動
いささか旧聞だが、3月27日の朝日に標記の見出しとともに、「ミャンマー南部初の特区」、「アジアの拠点狙う」、「民間任せ 資金難も」などの見出しが並んでいた。東南アジアとインド、欧州の間のものの流れを一変させる可能性を秘めた巨大事業だ。計画では、2015年にダウェイに大型コンテナ船が入れる水深20メートルほどの港ができる。従来はマラッカ海峡ルートでしか運搬できなかったが、今後はダウェイ・バンコク・ブノンペン・ホーチミンルートのインド洋での要衝となり、アセアン各国が計画中の目玉、野田首相も昨年11月に協力を表明した。この開発事業は、中国に頼りきりだったミャンマーが、今回はタイ企業に整備を任せた。しかしタイ企業の資金難や、環境団体の抗議運動が懸念されている。(今回で本ブログは1400回目、めでたし、めでたし?)。
| リアクション: |
2012年3月12日月曜日
(1399)読了88冊目:「SS式ミャンマー語Indeks」
副題は「すぐに話せる」とある。著者は岩佐幸治、キン・マウン・ラッ、1996年4月、UNICOM inc.発行、211頁、定価1600円(カセット込みで5600円)。SS式とは英語のSwift and Sure (速く正確に)の略。このシリーズには多くの外国語が採用されており、その一つがこのミャンマー語。構成が他の類書と多少異なり、①インデックス編。会話表現と単語が必要なときに必要な表現を引き出せるようにあいうえお順に並んでおり、すぐアクセスできる工夫がされている。②決まり文句編。挨拶から始まり、必要最小限選び出し、会話の第一歩としている。③会話表現編。会話のポイントの部分をインデックスで探し、その頁を開けば簡単に探し出せる。④別売のテープを利用すれば正確なミャンマー語会話が身につくという。すぐミャンマー語で会話したい人には適当か。
| リアクション: |
2012年3月11日日曜日
(1398)読了87冊目:「医療用語集(ミャンマー語)」
編集・発行は財団法人アジア福祉教育財団・難民事業本部、2008年3月第2版発行、195頁。この本は日本で生活する難民定住者(インドシナ難民と条約難民)への支援事業の一環として編集、発行したもの。日本の医療現場で必要な用語や、医師、看護師、薬剤師などと交わす会話など、様々な医療場面を想定して、日本語とミャンマー語を対照できるように掲載。難民はもとより、医療機関、難民支援団体などに配布している。家族の健康状態の書き方から始まり、内科、外科、消化器科、皮膚科、耳鼻咽喉科、眼科、歯科、泌尿器科、小児科、母子手帳、病院の中の言葉、救急車の呼び方など、病院関連の基礎的な会話は一応網羅されている。巻末には、日本語とミャンマー語の索引があり、さらに英語での説明も追記。ミャンマー難民申請者に読ませたい本。
| リアクション: |
2012年3月10日土曜日
(1397)日本企業のミャンマー進出
最近、日本企業や日本文化のミャンマーへの進出のニュースが多い。例えば、3月5日の朝日新聞には、2輪車大手のヤマハ発動機が新工場建設候補地としてミャンマーその他をあげている。同紙3月7日の夕刊では、ミャンマーへの文化交流使節として、柔道の山口泰弘裕氏、ファッションデザイナーのコシノジュンコ氏らが4月に訪問するという。3月9日の同紙には、二輪車、四輪車のスズキが再進出するという。また、今朝(3月10日)の同紙は、ヤンゴンで9日、日本企業の製品を集めた展示会「ジャパン・フェスティバル2012」がスタートしたが、日本として始めての大規模展示会であり、人口6千万人の有望市場に売り込みの先手を打った。ジェトロが主催し、日立や花王など45社が参加した旨報じた(以上)。今後ミャンマーが物心ともに豊かな国になって欲しい。
| リアクション: |
2012年3月9日金曜日
(1396)読了86冊目:「ダイレクト会話ミャンマー語」
「ダイレクト会話ミャンマー語」は江口久雄・マーマーティン共著、1995年7月・国際語学社発行、151頁、定価1500円。本書では、特に動詞、形容詞、助詞、疑問詞の使い方や文末表現に力を入れており、日常会話のシュミレーションの項目では、一つの問いかけに予想される3つの答を用意して、実際の会話の場合、どのような答なのか事前に予測しておき、余裕を持って会話をエンジョイできるよう苦心されている。なおこの書籍の姉妹編に「読める読めるミャンマー語」があり、こちらは江口久雄・ニェィンニェィン共著、1996年3月発行、158頁。前半は文字の読み方や発音記号、複合子音の構成などをわかりやすく説明している。後半は、短い標識や標語、手紙、新聞記事など様々な文例を解説。前編・後編を合わせて使うことで会話も読み書きもらくらくと進むはず。
| リアクション: |
2012年3月8日木曜日
(1395)国会で第三国定住問題、難民認定問題が②
昨日に続き全難連からの山内康一議員の質疑情報を転載。①昨年の難民申請者数は最高、一方認定者数、在特数は減少、どう見るか。⇒(小川法務大臣)人道的視点に立ちしっかり取り組む。②難民申請乱用者が発生、基準を示せ。⇒難民条約で規定されている。出身国の事情等も必要。③難民申請者が難民保護費を詐取してる問題の裏には、難民申請者に対する就労不可の問題がある。⇒難民申請者の6割以上は在留資格を有する間に申請しており、一定期間経過すれば就労は可となる。不法滞在者の申請の場合、不法就労目的による制度悪用の恐れがあるため認めていない。④難民審査期間が短縮されたことは評価するが、逆に異議申立て期間が長期化してる。⇒認識してる。参与員に対し適切な情報を提供してる(以上)。このままでは7月が怖い。
| リアクション: |
2012年3月7日水曜日
(1394)国会で第三国定住問題・難民認定問題が①
全難連からの情報によれば、3月5日の国会(衆院予算委員会)で標記2件の質疑応答があったので、今日、明日の2回に分けて本欄に転載する。まず、第三国定住問題(公明党:遠山清彦議員)の質問と外務省(玄場大臣他)からの回答。①第一陣の夫婦の弁護団が外務大臣宛に出した申し入れ書に対する見解は⇒日本語研修、職場見学・職場体験等充実させる。②最大の問題は日本語研修だ。⇒定住支援後の日本語研修の必要性を認識、1月から地域の日本語教室と連携、定住施設で実施する体制を作った。③先の「難民フォーラム」からの提案は重要だ。⇒(玄場大臣)前向きに検討し、具体的に実践したい。なお、遠山議員からメーラキャンプ以外からの難民受け入れと、4年度以降の事業の継続の提案があった。以上だが、政府見解は速く出して欲しい。
| リアクション: |
2012年3月6日火曜日
(1393)読了85冊目:「旅たび会話②ミャンマー語」
ウインシュエ著、監修はアジア友好の家(FAH)、1995年11月・国際語学社発行、A-6判、123頁、1500円+税。著者は在日ミャンマー人の間で有名な長老であり、ミンガラドー舞踊団の指揮者でもある。また発行所のアジア友好の家の木村さん一家は、在日ミャンマー人支援で有名。こんな関係でこの書籍が生まれたものと思われる。 書籍名にあるように、典型的なトラベル会話のテキストであり、ミャンマー語の発音はカタカナで併記されているので、気楽に付き合える。できれば、ミャンマー人に抑揚などを教えてもらったら、比較的簡単にしゃべれるようになるだろう。また各場面ごとに必要な単語もたくさん併記されているので話題は広がるはず。なお書籍としては小型のA-6判なので、ポケットに入り持ち運びは簡単、ミャンマー旅行を計画してる方にお勧めしたい。
| リアクション: |
2012年3月5日月曜日
(1392)「難民起業サポートファンド」準備進む
3月1日の難民支援協会(JAR)の発表によると、難民の起業家のための経済的自立を促すための小型融資機関の準備ができたという。実際に融資を開始するのはまだ先だが、難民にとっては期待できる事業であろう。対象となる「難民」とは、広く「難民申請した人」を指しているようだ。日本には年間1900人(2011年)の難民申請者がいるが、仮に難民の資格を得た人でも就職となると困難な現状である。例えばレストランや貿易業など、自ら事業を立ち上げることで、自身の収入と、他の難民の雇用を生み出すことも考えられる。その際必要な経営支援を行うとともに、最高100万円の小型融資(利子をつけて要返却)を行うというもの。事業が拡大すれば、一般の公的融資につなげるという。実際の活動はまだ先だが、希望者は予め研究しておくとよいだろう。
| リアクション: |
2012年3月4日日曜日
(1391)ビルマからの手紙(12-2)
「1年で最も素晴らしい2月」、「カレンの人びとと絆」という見出しのもと、アウンサンスーチー女史からの手紙が2月24日の毎日新聞に掲載されていた。2月は1年のうちで最も素晴らしい月だ。アウンサン将軍ら尊敬すべき人々の誕生月であり、特に2月12日は、歴史的なパンロン合意が締結された月でもある。4月1日には、議会補欠選挙があり、それに向けてビルマ南東部のダウエーで、NLDとして第一声をあげ、次いで、パテイン、ミャウンミャを遊説したが、市民の多くはカレン族であり、家族の一員のように私を歓迎してくれた。2月7日には、カレン民族同盟とカレン民族解放軍の代表団14人を我が家に迎えた。とうとう友人であり同志と思ってきた人たちと会えたのだ。旧軍事政権によって築かれた望ましからぬ障壁によっても、引き離されてはいなかったのだ。
| リアクション: |
2012年3月3日土曜日
(1390)読了84冊目:「消え去った世界」
副題は「あるシャン藩王女の個人史」、ネル・アダムズ著、森博行訳、2002年8月・文芸社発行、265頁、1500円+税。著者は1931年生まれ、当時シャン州は33のシャン藩王国から成り立ち、それぞれの藩を統治していた。著者はロックソック藩の王様(ソーボア)の娘。1948年まで、シャン州はビルマとは政治的に独立した立場であった。数十年に亘り平和な日々が続いたが、1942年日本軍が侵攻したため、皆必死に逃げ回った。その後、父は日本政府からロックソックの藩主に再任命された。44年に連合軍がビルマに戻り、空爆を受けライカまで逃げると、そこには米国・カレン連合軍とともに知人のライカ藩の藩主がおり、安全が確保された。その後パンロンでアウンサン将軍と少数民族代表とのパンロン協定が結ばれたが、軍事政権により藩主制は壊滅。
| リアクション: |
2012年3月2日金曜日
(1389)「少数民族と近く休戦」ミャンマー政府代表
3月1日の朝日は、ミャンマーのテインセイン大統領の側近で、少数民族との和平交渉の政府代表を務めるアウンミン鉄道相は29日「全勢力との停戦協議は3~4ヶ月以内にまとめる」と述べ、独立以来63年間続いた内戦に、まもなく終止符を打てるとの見通しを示した。アウンミン氏によると、これまで11民族の武装勢力のうち交渉前の3つの小規模グループを除き、7勢力とは停戦を合意、主要グループで唯一残るカチン独立機構(KIO)についても「順調に交渉が進んでいる」と。テインセイン大統領からは、少数民族側の要求を可能な限り受け入れるよう指示があった。今後は、自治に関する対話、住民の帰還、法律の改正となろう。日本にはカレン州、モン州への集中的な支援を求めるという(以上概要)。「民主化」と同時に「少数民族問題」も大きく前進しだした。
| リアクション: |
2012年3月1日木曜日
(1388)読了83冊目:「ミャンマー」
副題は「慈しみの文化と伝統」、フジタ ヴァンテ編、奥平龍二監修、1997年1月・東京美術発行、167頁、2800円。ミャンマーの家族の慣習、家庭と信仰生活、ミャンマー人の生活リズムと仏教、女性と仏教修行、仏塔、仏像、仏画、仏足跡、社会生活、ミャンマーの生活文化、芸能、仏教の受容、土俗信仰、須弥山(しゅみせん)の世界など、仏教信仰に基づく「慈しみの文化と伝統」がそれぞれの専門家によって格調高く記されている。この書籍には、多数の写真(カラー写真も)が掲載されており、ミャンマー人の信仰について、わかりやすく解説している。このほか、彼らの日常生活に見られるロンジー、チンロン競技、漆器、ミャンマー語と文字などのコラム欄も充実しており、楽しい。この書籍を読み終えて、日本の仏教社会との格差が浮き彫りとなり、痛みすら感ずる。
| リアクション: |
2012年2月29日水曜日
(1387)第三国定住難民職場決定
第三国定住で受け入れたミャンマー難民(第二陣)の職場の決定が、2月27日外務省から発表された。それによると、第二陣の職場適応訓練は3月から始まり、4家族とも夫は東京都内において靴製造業に、妻4人は埼玉県内においてリネンサプライ業に従事する。今後は関係地方自治体、事業所をはじめ地域社会の支えを受けながら、安定した自立生活を営むことを期待し、政府としても生活状況をフォローアップしていくとともに、各種相談に応じていくという(以上概要)。私はこの欄で何回も取り上げたが、いまだ情報開示には消極的。彼らはどこに住み、どこの事業所で働くのか。「地域社会の支え」とあるが、どこの市町村が該当するのかわからない。担当の外務省人道人権課に聞くと、関連自治体にのみ連絡はするが、他の自治体にはあえて教えないという。
| リアクション: |
2012年2月28日火曜日
(1386)読了82冊目:「ミャンマー文字レッスン」
「 ミャンマー文字レッスン」の編者は日本ミャンマー・カルチャーセンター、2004年9月・国際語学社発行、115頁、1500円+税。従来のミャンマー語教材には、会話や発音中心のものが多かったが、この本はミャンマー文字の読み方や書き方が中心となっている。本に印刷してある薄い色の文字の上をペンでなぞって書くように工夫されており、書籍でありながらノートの代わりもしている。4色のペンを用意して、4つの声調の勉強もできる。丸まっこい文字をどのように書いていくのか、日本人には興味津々であろう。日本人でミャンマー語をしゃべれる人は数少ないが、書ける人はさらに少ない。まさに希少動物級であり、天然記念物級だ。自分の名前をミャンマー語で書いてミャンマー人に見せたら、みんなびっくりするはず。ミャンマーに関心のある方には必携の書。
| リアクション: |
2012年2月27日月曜日
(1385)第三国定住問題NHKで放映②
私は第三国定住については、もっと情報をオープンにすべきだと何回も書いてきた。このたび第三回目の来日メンバーが選定されたが、30人の予定がわずか10人しか集まらない。このような不評の一つの原因は、政府側による情報隠蔽によるものと思う。来日カレン人の名前や住所を教えると、彼ら本人や家族が危険に曝されるというのが政府側の言い分だ。ところが、今回のNHKの画面ではエッラー、トゥートゥー、クークーポーと3人の名前が出ていた。そこですぐNHKの担当のところに電話してみた。3人の名前が出てる件について、いずれも本人の承諾を得て放映しているという。本名であるか仮名であるかは確認できていないようだが、仮名の場合はその旨の注釈がつくはず。政府側の進める「名前は丸秘」政策はNHKによって無残に崩されているのだが。
| リアクション: |
2012年2月26日日曜日
(1384)第三国定住問題NHKで放映
昨日(2月25日)の夕方6時からのNHKニュースを見ていたら、第三国定住の問題が放映されていた。第1期に来日した父親エッラーさんが鈴鹿市の集会所で日本人とのコミュニケーションが大事だが、まだ馴れていないといい、地域の人々は献身的に支援してくれているという。5人家族の父親トゥートゥーさんは、タイ国境のキャンプでは仕事も教育も無かったと回顧。きのこ農園の専務川森さんは、言葉に困ったといい、母親は保育園からの通知の意味がわからず、決まりごとが多いと嘆く。小学5年のクークーポーさんの小学校では専門教師が2名付添っている。学校ではミャンマーの団子(モロイボー)と日本の団子を作った。千葉にも来日したがいろいろな困難があった。第3期は予定の3割しか集まらず、日本の国際貢献が試されている。ここで問題が発生・・・(続く)
| リアクション: |
2012年2月25日土曜日
(1383)平成23年、難民認定者数等について
2月24日の法務省入国管理局の発表によれば、平成23年の難民申請者は1867人(前年比665人増、1.6倍)、異議申立て者は1719人(前年比860人増、2.0倍)、いずれも難民認定制度が発足した昭和57年以降最高。難民認定者は21人(うち異議申立て後の認定者は14人)、在特を認めたのは248人で、庇護数合計は269人。難民申請者の国籍は57カ国に及び、ミャンマー人491人、ネパール人251人、トルコ人234人、スリランカ人224人、パキスタン人169人。申請者の申請時における在留資格は正規在留者が1159人、不正規在留者は708人。難民認定者21人中18人、庇護者合計269人中214人(80%)がミャンマー人。この30年間の難民認定者は598人で、ミャンマー人が307人、イラン人69人、ベトナム人59人他。ミャンマー人が目立つ。
| リアクション: |
2012年2月24日金曜日
(1382)買われる子どもたち
2月20日から23日までの朝日夕刊に「買われる子どもたち」というテーマで、タイ北部のチェンマイでの子供の人身売買の様子が連載された。犠牲者の多くは国境を越えてくるミャンマー人の子供だ。タイではカラオケ店は「置屋」を意味し、カラオケでの売買春は日常茶飯事。タイ警察が客の欧州人を捕まえても、裁判中に保釈金90万円を払って国外に逃亡してしまう。あるいは被害者を脅したり金を渡したりして証言を覆させることもある。ストリートチルドレンを保護するNGOもあるが、母親から「連れて行くなら金を出せ」と脅され、4人分1万2千円を渡したこともある。しかし路上に戻る子も多い。貧困を克服しなければ問題は解決しない。最後にミャンマー・アカ族の2人が登場、勉強し、働いて立派に更生している(以上概要)。いまや子供・女性の人権を最優先にして。
| リアクション: |
2012年2月23日木曜日
(1381)ガンビラ師はどうなるのか
2月11日の朝日は、1月の恩赦で釈放されたばかりのガンバリ師(32歳)が再び拘束されたと報道した。彼は2007年のサフラン革命の際の僧侶側のリーダー的存在で、禁固68年を言い渡され、投獄された人物だ。釈放後の1月中旬、軍事政権が閉鎖していた寺院に無許可で入った疑いがもたれた結果である。翌12日の朝日はこのガンビラ師が警察に拘束された日の夜、釈放されたと報じた。さらに、21日の朝日は、政府が閉鎖していた寺院に無断で入った罪で訴追される旨報じた(以上概要)。法律違反があれば、検察側が起訴するのは当然であるが、判決が気にかかる。似たような例として、元陸軍将校のネーミョージン氏が、釈放後友人から差し入れられた反政府の絵入りのシャツの所有で、訴追されたが無事無罪を手にした。ガンバリ師も同じ結果だろう。
| リアクション: |
2012年2月22日水曜日
(1380)読了81冊目:「ミャンマー・旅の指さし会話帳」
標記は「旅の指さし会話帳」シリーズの44巻、著者は浅井美衣、2003年5月・情報センター出版局発行、128頁、1800円+税。本来は海外旅行のガイドブックであり、ミャンマー旅行を考えている人々が、現地で指をさしながら、会話が弾むことを狙ったもの。もちろん単純なビルマ語テキストとしても使える。ほぼ全頁がカラーのイラストに溢れ、親しみやすい。巻末には42頁、2500個の単語が並んでおり、辞書としても便利。使用している文字は例の丸まっこい文字でなんとも愛くるしい会話帳だ。現地を訪問した時ビルマ語を使ってみれば、ビルマ人はとても喜ぶ。私も20年ぐらい前、10人ぐらいの子供たちと一緒に、ビルマ語で1,2,3,4(ティッ、二ッ、トゥン、レー)と10まで合唱(?)したことがあるが、とても喜ばれた思い出がある。ミャンマー旅行には必需品だ。
| リアクション: |
2012年2月21日火曜日
(1379)読了80冊目:「壁の涙」
「壁の涙」、副題は法務省「外国人収容所」の実態、「壁の涙」制作実行委員会(赤瀬、児玉、斉藤、高橋、柳下、山村)編、2007年3月・現代企画室発行、178頁、1300円+税。この書籍は入管に収容されたビルマ人はじめ多くの外国人が登場し、彼らの言葉から東京入管や牛久入管(東日本入国管理センター)などでの収容状況の実態が詳細にわかる。彼らにとって人権侵害など不当とも思える厳しい処遇状況が次から次へと明らかになる。読み終わると日本政府の外国人収容者に対するおぞましい姿が浮かび上がる。この点入管は、最近改善の方向に徐々に進んでいるようだが、まだまだ不十分と言えよう。入管職員は法律どおりに処遇していると言うが、事実ならば法律改正が必要だ。今後とも監視の目が大切で、難民問題に係る方々はぜひ読んで欲しい。
| リアクション: |
2012年2月20日月曜日
(1378)ミャンマー軍事費 約10ポイント減
いささか旧聞であるが、2月7日の朝日に標記の見出しがあった。ミャンマー国会では初めての予算審議が始まっている。軍事政権が定めた11年度予算では全体の4分の1を占めていた軍事費が、12年度予算では約10ポイント減り、野党は「予算面でも改革が進んだ」と評価する。今回フラトゥン財務相が国会審議に先立ち1月30日に予算案を公表。歳入総額は約1兆円、歳出総額は約1兆3千億円、軍事費は前年度比約10ポイント減の14.4%、教育費4.7%、医療費2.8%は各約1ポイント増、歳入のうち税収は15%未満で、大半は天然ガスなど資源輸出でまかなったと見られる。一方、外国からの借金は約8千億円(日本が最大で約4800億円、中国が約1600億円)(以上概要)。いままで全く非公表であったものを始めて公表、民主化が一歩進んだか。
| リアクション: |
2012年2月19日日曜日
(1377)ザガナー氏の言葉
ミャンマーの有名なコメディアン、ザガナー氏が釈放後、米国で話した内容を友人が翻訳して送ってくれた。結構な長文だったので簡略化する。「獄中で受けたことを自慢そうに話す人は一人もいない」、「国が変わってきたのは誰の力でもなく民衆の力だ」、「50歳ぐらいの人に88年世代学生と言う言葉があるが、彼らは卒業できないから学生なのだ」、「政治囚はまだ320人以上も刑務所にいる」、「私は11年間、4回も逮捕・収容されたが恨んでいない、もし私が彼らの立場だったら同じように逮捕するかもしれない」、「恨みを持っていたら国民和解のためにならない」、「皆が帰国してくださいと言うが私は言いません」、「軍だけじゃなくカチン族も悪い・・・武器で戦っているから」、「裁判官からメールアドレスを聞かれ、***gmailと答えたら怒られた」。頑張れザガナーさん。
| リアクション: |
2012年2月18日土曜日
(1376)「なんみんフォーラム」とは
(1369)「難民身元引受けを民間に委託」で紹介した特定非営利活動法人「なんみんフォーラム(FRJ)」について簡単に触れておこう。この団体は日本で暮らす難民を支援するNGOのネットワークであり、参加団体は、アムネスティインターナショナル日本、カリタスジャパン、日本カトリック難民移住移動者委員会、カトリック東京国際センター、難民・移住者労働問題キリスト教連絡会、日本国際社会事業団、難民支援協会、日本福音ルーテル社団、全国難民弁護団連絡会議、社会福祉法人さぽうと21、国連難民高等弁務官駐日事務所の11団体、事務局は品川区大崎にある「さぽうと21」内(03-3444-8865)。難民申請中の仮放免(仮滞在)者は、本年7月以降就職がますます困難となるので、今のうちから上記団体などに相談して対策を考えておく必要があろう。
| リアクション: |
2012年2月17日金曜日
(1375)読了79冊目:「女たちのビルマ」
「女たちのビルマ」、副題は「軍事政権下を生きる女たちの声」、アジア現代女性史の4巻に当たる。藤目ゆき監修、タナッカーの会編、富田あかり訳、2007年12月・明石書房発行、446頁、4700円+税。ビルマ軍事政権下の貧しい社会は、合法社会と非合法社会に分断され、それぞれの社会で少なからぬ女性知識人が、苦労に耐えて生き伸びてきた。この本は、主に非合法社会での女性の声を58件の短編で紹介している。監獄に収容された女性たち、内戦や民主化闘争から生まれた第二世代の娘たち、国境で難民として暮らす女性たち、少数民族の女性たち、人身売買された女性たちなど、数多くのビルマ女性の声が詰まっている。日本で始めて公表される大量の声に圧倒される。女たちがこぞって政治の表舞台に躍り出たときこそビルマは変わると結んでいる。
| リアクション: |
2012年2月16日木曜日
(1374)第三国定住希望者が少ない
今朝の朝日新聞に、ミャンマー難民の「日本移住希望者わずか」、「第1陣なじめぬ」とあった。先に日本に渡った人たちの一部から苦境が伝えられる中、第3陣としてメソトで面談を受けたのは2家族9人だけ。今年は試行期間3年間の最終年、3年間の合計人数は当初予定だった90人の約6割(55人)にとどまる。米国にはすでに5万人超が移住している。日本に来た第1陣の一部から「なじめない」との情報も流れていた。これらはすでに(1362),(1346),(1271),(1267),(1256)等でも述べたが、要は「成功しなかった」ということ。失敗の原因の一つは、日本政府が情報開示を怠ったためであろう。まだ4年目以降がどうなるのか不明だが、3年間はパイロットケースなので、この機会に進め方を改善し、来日の55人全員から「日本に来て良かった」と言わせたい。
| リアクション: |
2012年2月15日水曜日
(1373)中国にミャンマー難民1万人流入
2月8日の北京共同(ロイター通信)によれば、ミャンマー政府軍と少数民族武装勢力のカチン独立軍(KIA)の戦闘が続くミャンマー北部から、中国雲南省に最大で1万人の難民が避難したという。中国当局は難民の流入を黙認しているが、公式には事実関係を確認していない。難民は女性や子供、老人が多いが、食料や飲料水が確保されておらず、感染症が発生するなど、人道的な危機に直面している。中国は今年秋の指導部交代を控え、北朝鮮からの脱北者の増加など、国境地帯の不安定化を懸念しており、ミャンマー難民の取扱いも慎重に検討しているという(以上概要)。本件は事実確認が必要だが、もし事実だとすると、テインセイン大統領の指示が、国軍の末端兵士まで届いていないことになる。人道問題でもあり、ミャンマー政府の発表を待つしかないか。
| リアクション: |
2012年2月14日火曜日
(1372)難民条約発足60周年の日本政府誓約
2月10日の全難連からの情報によれば、標記の誓約が公表された。各国の誓約も発表されたようだ。日本の場合、難民認定手続の改善が次のように明記されている。①難民調査官の研修の強化、②難民出身国及び世界中で難民を生み出している状況に関する情報収集を公開しかつ強化する。③制度の信頼を高めるために難民認定手続を加速する。④難民認定手続に関する情報を庇護希望者に提供する。⑤難民認定手続中の収容に関連した問題を解決する。そのほかに、現行の第三国定住パイロット・プロジェクトの成功を目指し、日本に再定住した難民への支援プログラムを改善しかつ充実させる、とあった(以上概要)。どの項目も大切であり、いずれも弁護士会や支援団体、難民申請者と十分に話し合って欲しい。特に④、⑤や第三国定住に注目したい。
| リアクション: |
2012年2月13日月曜日
(1371)読了78冊目:「ビジネスガイド ミャンマー」
副題は「秘められた可能性の国」。著者は、鈴木康二・荒木義宏・安藤智洋共著、1997年3月・日本貿易振興会(ジェトロ)発行、340頁、横組、2500円+税。横組みだけあって内容は真面目で硬い感じ。将来ミャンマーへ進出を夢見る企業人対象のビジネス書であり、NIES(新興工業経済地域)など懐かしい言葉も出てくる。前半は①ミャンマーの自然と社会、②政治、③経済、④産業、⑤投資、⑥対日経済関係の概要を多くの図表と共に解説している。後半は、投資の実務に触れ、外国投資許可の手続きや投資計画の立て方、投資関連税制・金融、ビジネス関連法制など、難解な言葉が並ぶ。ミャンマーの観光年が96年であり、執筆当時はいったん明るい光が差し込んだかに見えたが、それ以降は欧米による経済締め付けが厳しく、やっといま再び明るくなってきた。
| リアクション: |
2012年2月12日日曜日
(1370)ワッハッハ 50000人突破だぜ!!
ワッハッハ、とうとうこのブログの来訪者が50000人を突破した。すっごく嬉しい。2008年5月20日以降、3年と9ヶ月、毎日毎日、一日も休まずに書き続けた成果だ。自分ながらすごいと思うよ。自分を褒めてあげたい・・・、と書いていたら、いま玄関のチャイムが鳴った。ヤマト運輸からの荷物という。開けてみると、「祝50000」のメッセージと共にきれいな花束があらわれた。○○さんありがとう。最高に嬉しい。最近ミャンマー問題の変化振りはすさまじい、某国では首相以下幹部たちが、どじょうのごとく沼地に潜んだままだが、彼の国では、意気ようよう新しい施策をじゃんじゃん打ち出している。おかげで、ブログの題材探しも比較的簡単、大体新聞の見出しを探せばテーマは決まる。さて10万人になるのはいつだろう? この調子だと私が87歳のとき、どうだろう?
| リアクション: |
2012年2月11日土曜日
(1369)難民身元引受けを民間に委託、法務省
2月9日の共同通信によれば、難民認定手続きが長引くなどの理由で、入管施設にとどめ置かれる外国人の長期収容を解消するため、法務省は民間と連携し、収容者の身柄を解放する仮放免を大幅に適用する方針を決めた。NPOと日弁連に収容者の身元保証や住居提供などの協力を求め、条件整備を進める。NPOは難民支援に当たる「難民フォーラム(13団体連合体)」。(以上概要)。ビルマ人の場合は比較的保証人を探しやすいが、それでも保証人がいないために1年以上も入管に収容される人もいる。アフリカ系などは特にこの傾向が強い。入管・日弁連・NPO「難民フォーラム」によるこの新制度は、うまく機能すれば、いろいろ問題があった長期収容問題は解決しそうだ。具体案を早く知りたい。(このブログはまもなく訪問者が延べ50000人を突破します)。
| リアクション: |
2012年2月10日金曜日
(1368)読了77冊目:「ミャンマーは、いま。」
副題は「アジア最後のビジネスフロンティア」、丸紅広報部編、加藤徳道著、1995年11月・ダイヤモンド社発行、208頁、定価1400円。著者は1992年に丸紅の商社マンとしてミャンマーに赴任、今から約17年前のミャンマーの情勢を丹念にまとめている。長期に亘る半鎖国体制に終止符を打ち、開放経済への道を歩き出そうとしていたのだ。当時の5年間にミャンマーは大きく変わり、国際社会も実績を認め出し、ガス開発をはじめミャンマーの産業も動き出していた。また随所にヤンゴンの活況ぶり、ミャンマー人の暮らし、仏教、親日振りなどを紹介している。このように夢のある話題も、軍事政権の継続のため、その後実ることなく今日を迎え、皮肉にも同じ夢がいままさに語られるようになった。いまのミャンマーを理解するには、当時の状況を理解することが大切だ。
| リアクション: |
2012年2月9日木曜日
(1367)「狙え ミャンマー進出」
2月6日の朝日は標記の大見出のもと、日本企業がミャンマーに熱い視線を注ぎ始めていることを報じていた。米欧による経済制裁の解除が現実味を帯びてきたため、多くの企業が進出を検討している。ミャンマーの人件費は「アジア最安」で、アジア各国の日系企業の工場労働者の月給は、中国:306ドル、タイ:286ドル、インド:280ドル、ベトナム123ドル、そしてミャンマーが68ドル。ヤンゴン郊外のマツオカコーポレーションの従業員は千人、日本人は社長一人。システム開発の第一コンピュータリソースではメールや電話は原則日本語、日本人社長は「今は非常に優秀な人材がいくらでも採れる」と。しかし日常茶飯事の数時間単位の停電や、複雑な為替制度、面倒な許認可手続き、民主化の定着など問題は山積(以上)。在日ビルマ人も仕事を考えてみては?
| リアクション: |
2012年2月8日水曜日
(1366)ビルマからの手紙(12-1)
2012年1月30日の毎日新聞に本年最初の「ビルマからの手紙」が掲載された。「敬愛するハベル前チェコ大統領の死」、「寛大な心で歩んだ道」という見出しが並ぶ。スーチーさんはチェコスロバキアの反体制派の中心人物から、民主共和国の最初の大統領になったハベル氏を敬愛し文通もしていた。彼は高い知性と共に、寛大な心を持ち合わせていた。彼は死期が迫った1年前に電話をくれて、私が自宅軟禁を解除されたことを喜んでくれた。その後最後の手紙には、彼が主催する様々な国際会議にスーチーさんが出席できないことを知りながら招待状を送リ続けたが、これはあなたを思い続けていることを、この招待状を没収する当局者にも知らせるためとあった。彼がかつて歩んだ道を、今度は私たちがたどって行くにつれ、友をなくした痛切さが身に染みるだろう。
| リアクション: |
2012年2月7日火曜日
(1365)新しい在留制度について
昨日に続き新在留管理制度について理解した部分を紹介する。①定住ガイドラインに該当する人(20年以上在日、10年以上在日し子供が小学校4年以上など)は、積極的に入管にアピールすること、今がチャンス。②4月のミャンマー補欠選挙でスーチーさん側が勝てば、入管は帰国を一段と強く勧めるであろうが、日本政府が難民禁止条項にサインしない限り続けられる。早く帰れと言われても帰らないでよい。③仮放免、仮滞在中の就労不可について入管は法律に基づいて適正に処理してるというが、2年以上も就労不可ということは、人権侵害、憲法違反という面で、反対の声を皆であげた方がいい。④難民申請して特定活動(1年)を貰った人は、おおむね3年経過後に定住がもらえるはず。⑤最近入管から店に就労禁止の電話が入るが、新制度の影響らしい。
| リアクション: |
2012年2月6日月曜日
(1364)在留カードがもらえない
昨日は久しぶりに遠出した、遠出といっても下落合。渡邉彰悟弁護士(通訳田辺寿夫)による新在留法の説明会に参加、会場は満員で立見席もできた。また、今朝から法務省、総務省にじゃんじゃん電話、その結果少しずつ新法の内容が理解できた。たとえば、仮放免者、仮滞在者を含め、非正規滞在者は「在留カード」は絶対にもらえない、ただ仮滞在者の場合、住民票(住基カード)は申請すれば貰えるが、仮放免者はもらえない。なお、仮放免・仮滞在決定後一定期間(3ヶ月?)経過した日までに、行政サービス関連情報は入管より地方自治体には通知される。必要なときは各人が地方自治体や関連する役所に申請する。このように、仮放免、仮滞在の外国人にとっては、最低限の行政サービスはほぼ従来どおり受けられるが、就労などますます厳しい時代となる。
| リアクション: |
2012年2月5日日曜日
(1363)読了76冊目:ビルマ「発展」のなかの人びと
田辺寿夫著(岩波新書444)、1996年5月・岩波書店発行、定価650円、209頁。著者のビルマ名はウシュエバ。ビルマ関係者でこの名前を知らない人はいない。NHKで国際放送ビルマ語番組を長年にわたり担当、ビルマ語の翻訳や通訳としても超一流。この本は、ビルマの地理や歴史から始まり、それぞれの地域の特色を紹介、スーチーさんや、88事件などの民主化闘争の実態、国軍が国の要として政治を担いだした様子、軍事政権に対する国際社会の関与の問題など、広範に解説している。また、随所に在日ビルマ人との交流風景が描かれており、著者のビルマ人を愛する心情がよく描かれている。最近、ビルマ新政府は政策を大きく変えているが、それ以前のビルマの様子を平易な言葉で紹介している。ビルマに関心を持つ人びとの必読の書の一つ。
| リアクション: |
2012年2月4日土曜日
(1362)理解と支援は無理「第三国定住難民」
1月30日に政府広報として、「日本で自立を目指す第三国定住難民に理解と支援を・・・第三国定住による難民受け入れ事業」というニュースが飛び込んできた。内容は、今までの経過と現在の状況が記されており、最後に第三国定住難民が順調に自立生活を営み、地域社会に定着していくためには、地域の皆様の理解と支援が必要ですと記載。私はこの最後の言葉が気になった。第1回目の千葉に来たグループは、ご承知のように惨めな結果となり、千葉を引き上げ、現在東京で暮らしている。三重県にいた3家族のうちの一組も、東京に引き上げるとの噂が。政府は情報を流さない方針のようなので、彼らがどのような状態なのか、我々は知ることができない。もっと地域の関係者、支援者に積極的に情報を流して欲しい。現状では理解も支援も我々には無理だ。
| リアクション: |
2012年2月3日金曜日
(1361)賭けに出たスーチー氏
ビルマ情報ネットワークのディレクター秋元由紀さんが、1月30日の毎日新聞「核心」欄に、「ミャンマー民主化、賭けに出たスーチー氏」のタイトルで投稿した。その概要は次の通り。最近のミャンマーでは政府が一定の改革を行っている。このためビルマはもう大丈夫という印象が広まっている。しかし、文民政府といっても元陸軍大将が大統領であり、大臣30人のうち26人が軍出身者、議席の25%は軍人枠であり、非常事態には国軍最高司令官が全権を掌握する。政府は政治囚はゼロというが実際には残っている。テインセイン大統領は「わが国の民主化を望むならまず制裁を解除して欲しい」というが、あべこべだ。スーチー氏が選挙に出るのも、今ある機会を最大限に生かすことが、民主的社会に繋がるかもしれないという望みを持ち、いわば賭けに出ているのだ。
| リアクション: |
2012年2月2日木曜日
(1360)新在留管理制度発表③
結局、難民申請中の仮放免者については、新規の在留カードはもらえないが、少なくとも、日本住民としての最低限の保護は受けられそうだ。なお仮滞在者についてはまだ未決定の部分が多く流動的だ。在留カードが無ければ就職は無理であり、該当者は今から心の準備をしておく必要がある。今後の問題としては、在留資格の取得に全力を尽くすしかない。帰国したくない理由などをより一層明確にすると同時に、異議申立や口頭陳述の際、何を訴えるのか、また、事前に何を提出すべきか、今一度整理しておく必要がある。一方、日本人社会に溶け込めるように努力すべきであろう。その際、必要なのが日本語能力の向上だ。少なくとも日本語能力試験のN-3級以上を取得すべきだ。今後は日緬間での交流が発展し、通訳、翻訳の需要も増えるであろうから。
| リアクション: |
2012年2月1日水曜日
(1359)新在留管理制度発表②
これらの問題を新しい制度にどう盛り込むのか、法務省は丁度いま関係省庁と審議中。問題は現行で通用している行政サービスを、新しい制度ではどのような形で残していくか。まだ決定してないが、仮放免後一定期間経過した仮放免者(仮滞在者も)は、今までと同じような行政サービスが受けられるようになりそうだ。当初原案ではこの点が欠落していた。現在、仮放免者が受けることが可能な行政サービスとしては、教育関係、医療関係、労災保険などいろいろあったが、これらは7月以降も一定期間を経た仮放免者は、ひとまず不安が無くなる。問題は「一定期間」の具体的数値であるが、私の感じでは、3ヶ月ぐらいか? とすれば、現行のサービスを仮放免者のほぼ全員が受けられることになる。どのような決定になるのか、今後の情報に留意していきたい(続く)。
| リアクション: |
2012年1月31日火曜日
(1358)新在留管理制度発表①
いよいよ7月に外国人の新在留管理制度がスタートする。主なポイントは、①在留カードを交付、②在留期間を最長5年に、③再入国許可が容易に、④外国人登録制度を廃止、の4点。問題は、難民申請中でかつ仮放免の人がどうなるのかという点、従来は、全員が外国人登録カードを地方自治体から貰い、常時携帯していたので、証明書の代わりに使えていた。しかし7月からは無くなり、仮放免や難民申請の書類だけとなる。地方自治体は、彼らをどうやって保護するのか気にかかっていた。この問題は約2年前に、衆議院・参議院の法務委員会や総務委員会で慎重審議され、BRSAの大瀧会長、熊切副会長と一緒に議員会館で議員らに請願した。結論として、仮放免され一定期間を経過したものについては・・・・必要な措置を講ずる旨の決議が補足された(続く)。
| リアクション: |
2012年1月30日月曜日
(1357)読了75冊目:「ビルマ商人の日本訪問記」
著者はウ・フラ、訳者は土橋泰子、2007年10月・連合出版発行、238頁、2500円+税。1936年(昭和11年)にビルマから青年実業家(著者)が日本にやってきた。彼は1900年生まれで、コメや綿布などの商売に従事、イギリスの植民地下のビルマ人の怠惰な生活に憤りを感じていた。彼は自分の事業拡大のため、アジアの先進国日本との貿易交渉を進めつつ、接触した日本人の勤勉さに感動、同じアジア人でありながら、そのギャップの大きさを目の当たりにした。彼はビルマ人としての反省点をまとめ、これら数々の欠点を改めれば、ビルマ人も世界の頂点に達することができると綴っていた。日本人が読むと面映くなる記述が多い。あるいは昭和の日本人が素晴らしかったのであり、今の日本人はどうだろうか。日本人もビルマ人も読んで欲しい貴重な記録である。
| リアクション: |
2012年1月29日日曜日
(1356)朝日新聞社への質問と回答
昨年末から朝日新聞のミャンマー関連記事について3回質問しそれぞれ回答を得た。その結果をご報告する。①刑務所にいる政治犯は何人か?10月10日の朝日社説では2千人とあり、11月21日の社説には500人以上と記載、差が大きすぎる。⇒取材源の違いから差が出た。今後留意する。②1月14日の朝日記事に「ミャンマー全政治犯釈放」とあったが、前日の夕刊記事には500~1500人の政治犯が収監中とあった。651人の釈放で全政治犯釈放といえるのか⇒新しい情報ではまだ政治犯は残留していた。1月21日の記事で政治犯165人が今も獄中にいる旨修正、1月23日の社説でも修正した。③1月27日の「ニュースがわからん!」欄でのミャンマーの地図が変⇒指摘の通りなので今後留意する、と。私は80年近く朝日の愛読者だ、朝日さん頑張って!
| リアクション: |
2012年1月28日土曜日
(1355)読了74冊目:「ミャンマーという国への旅」
著者はエマ・ラーキン(アメリカ人女性ジャーナリスト)、訳者は大石健太郎、2005年8月・晶文社発行、363頁、3000円+税。イギリスの著名作家ジョージ・オーウェルは1920年代、5年間を警察官として植民地ビルマで勤務し、帰国後、処女作「ビルマの日々」を、さらには「動物農場」、「1984年」など著名な作品を次々と書いた。80年後、このオーウェルの偉大なる足跡を追って、エマ・ラーキンがビルマへと旅立った。彼女は、マンダレイ、メイミョー、ミャウンミャ、トゥワンテ、ラングーン、シリアム、インセイン、モウルメイン、カターと回ったが、いずれの地でも、「1984年」さながらの暗い全体主義が社会を覆っていた。密告、スパイ、投獄、検閲が日常化し、人々は圧政の恐怖にあえいでいた。ビルマが世界最貧国に落ち、長期軍事政権の国になった理由もわかる。
| リアクション: |
2012年1月27日金曜日
(1354)またまた朝日新聞にご注進
つい最近、朝日新聞社にに対し、1月14日の記事「全政治犯釈放」はおかしい旨連絡したところ、その後訂正された記事がそっと掲載されていた。まあ、めでたし、めでたしといったところか。ところが今朝(1月27日)の「ニュースがわからん!」欄にミャンマーのことが記載されていた。その内容は、ミャンマーは民主化が進みそうで、将来への希望が高まっているというもの。別に問題ないが、そこに掲載されていたミャンマーの地図がなんだかおかしい。本来薄紅色に塗られていなければならないタニンダーイー管区がすっぽり抜けているのだ。国境問題は各国とも敏感であり、朝日新聞社がわざわざ、けしかけることはしないほうがいいと思い、今朝一番でご注進に及んだ。対応いただいたのは前回と同じU記者、本件についてもご返事をいただけるとのこと、楽しみだ。
| リアクション: |
2012年1月26日木曜日
(1353)難民申請中に犯罪続々
1月21日の朝日夕刊に、表題の記事が掲載された。見出しは「審査期間の保護費詐取」、「薬物密売を組織」、「制度悪用指南役摘発も」と並んでいた。難民申請中は就労が認められず、その代わりに困窮者には月額約8万5千円を上限に、生活費や住居費、医療費などの保護費が支給される。昨年度の一月あたりの受給者数は387人、だが面接した680件のうち11件が不正受給や虚偽申請。具体的にはトルコ人が100万円受給したが、50万円の預金が発覚、イラン人グループが仮放免後に薬物密売グループとして活動、茨城県の行政書士によるパキスタン人の申請書類の偽造などが並んでいた(以上概要)。私の周辺には難民申請中のミャンマー人が大勢いるので夢中で読んだが、幸いミャンマー人のことではないようだ。まじめに生活する申請者が多い。
| リアクション: |
2012年1月25日水曜日
(1352)朝日の社説に思う
昨日に引き続き、1月23日の朝日社説を取り上げてみよう。その社説のタイトルは「ミャンマーの春、憲法改正で民主化急げ」というもの。私は従前から、ビルマ問題を考える際には、大きく分けて三つの側面があると思っている。一つは民主化問題であり、もう一つは少数民族による民族自治の問題、そして憲法問題だ。この三つの問題を分けて考えないと、春を迎える新生ミャンマーの姿が霞んで見えてしまう。社説でも6行ほど少数民族問題に触れてはいるが、残りはほとんど民主化問題と憲法問題。解決の難しい少数民族問題の解決を先送りしているように見える。この問題はビルマがイギリスの植民地になったころから続いており、宗教問題も絡んでいる。ビルマ族であるスーチーさんの出番は少ないと思われるが、この三つが解決しない限り、春の訪れは遅くなる。
| リアクション: |
2012年1月24日火曜日
(1351)「全政治犯釈放」ではない・朝日新聞
昨日の朝日社説は「ミャンマーの春」を解説していた。内容は、軍事政権による圧政が1年ほど前まで続いたミャンマーで、多数の政治犯が釈放されたが、それでも政治犯は残る、釈放を急ぐことだ、と。ここで朝日はまだ獄中に政治犯が残っていることを認めたのだ。ということは、1月14日の記事「ミャンマー全政治犯釈放」は誤りだったということを、自らしぶしぶ認めたことになる。その際の見出しを「ミャンマー著名政治犯全員釈放」とでもしておけば問題がなかったはずだ。このブログを書いているとき、朝日新聞より電話が入った。14日の記事には勇み足の部分があり、つい全員釈放と書いてしまったが、その後、21日の記事ではまだ165人が獄中にいる旨を掲載し、今回の社説に至っている。今後新しい情報があれば順次紙面で修正すると。朝日さん頑張って!
| リアクション: |
2012年1月23日月曜日
(1350)読破73冊目:「ビルマの独裁者タンシュエ」
副題は「知られざる軍事政権の全貌」、著者はベネディクト・ロジャーズ、訳者は秋元由紀、 2011年12月・白水社発行、321頁、2800円+税。2011年3月までの18年間、ビルマ軍事政権の最高実力者であったタンシュエ上級大将の伝記、現存している人物に対してここまで書くかという驚きの記録だ。彼は郵便局員のあと士官養成学校に入学、昇進を続けた。タンシュエはカリスマ性や迫力に欠け、力もないと皆に思わせたが、彼は画策者であり、皆が騙されたのだ。彼は民主主義に関心がなく、ディぺイン襲撃事件を策略し、彼の娘の豪華な結婚式や、各地のダム建設、核開発に伴う北朝鮮との接近、キンニュン一派の粛清、サフラン革命の暴挙など、すべてに彼は関与し、スーチー女史を15年間自宅軟禁した男の伝記だ。参考文献だけで35頁もあり緻密な作品。
| リアクション: |
2012年1月22日日曜日
(1349)朝日新聞社に再度質問してみました
14日の朝日朝刊に「ミャンマー全政治犯釈放」の見出しのもと、釈放者651人の中に、591人の全政治犯が含まれていると掲載。しかし前日の夕刊には「ミャンマー恩赦へ」という記事の中に、今も500~1500人ほどが収監中と見られると記載。もし仮に1500人が収監中だったら、651人釈放してもまだ多数の政治犯が残っているはずだ。そこで14日に朝日に問合わせたところ、少し待ってくれとのこと。1週間たった昨日再度質問したが、答えは同じ。その日の朝日には、なお165人が今も獄中にいるとNLDが発表。また、アムネスティはミャンマー政府の釈放発表後、まだ千人を超す政治犯が収監されている可能性があるとし、全政治犯を釈放するよう訴えた。この問題は経済制裁解除とも絡んでおり、全員釈放か、一部釈放か、マスコミは正しくリードして欲しい。
| リアクション: |
2012年1月21日土曜日
(1348)13日 そのときヤンゴンでは②
前回に続き中西先生の「ミャンマー・日本語教室ブログ」(1月16日)から抜粋。まずキンニュン元首相のコメントを紹介。「今は政治に参加する気持ちはないが教育や社会活動には興味がある。スーチー氏は国のために貢献できる人で国会に参加すれば支持する。部下には汚職しないようにいつも諭していた」。次に中西先生自身のコメント。「今なお誤解しているミャンマーの人々にキンニュン氏のことをもっと知ってほしい。少数民族問題は彼が一番精通しており、その豊富な人脈を使って何とか全民族との和平を実現して欲しい。今ミャンマーにとって一番必要とされている人物だ」と。中西先生はこのように、政治犯釈放に関連して、キンニュン氏の釈放を真っ先に取り上げ、喜んでいる。私も同感する点が多いが、本当に政治犯全員釈放なのか、この方が気にかかる。
| リアクション: |
2012年1月20日金曜日
(1347)13日、そのときヤンゴンでは①
1月13日の政治犯釈放のニュースを現地ではどう受け止めたか、中西先生のミャンマー日本語教室ブログから引用する。まず、13日午後7時のブログでは、ニュース内容を紹介し、クントゥンウー氏、サイニュンルイン氏らSNLD幹部、ミンコーナイン氏、シンガンビラ師、キンニュン元首相らの釈放を伝え、中西先生の所感「これはすごいニュース、2012年最初のサプライズで、キンニュン氏やミンコーナイン氏が釈放されたことは信じられない、ミャンマーの民主化のスピード、本気モードは炸裂、目頭から涙がポロポロ」と。翌14日のブログでは同日発行のVOICE誌のキンニュン元首相のコメントを取り上げた後に中西先生の言葉で「今回の民主化の真の立役者はキンニュン氏であり、次のノーベル平和賞受賞者は決まった」という。私の印象とはちょっと違うがどうだろう。
| リアクション: |
2012年1月19日木曜日
(1346)第三国定住の現場で
この4日間、朝日夕刊に「安住を求めて(第三国定住の現場で)」が連載されていた。第1回は「迫害の恐怖少し消えた」、第2回は「自立できる支援を模索」、第3回は「苦しくても家族と共に」、第4回は「遠かった国身近になる日」。昨年来日した第一陣のうち、千葉県の農業法人で働いていた2家族12人は農業になじめず、現在は時給850円のクリーニング店や、リサイクル工場で働いている。都内で家賃を払いながらの生活は苦しい。昨年来日の三重県鈴鹿市の3家族15人は、シイタケ栽培の農業法人で働いているが、職場や学校、自治体、地域住民などの支援活動が活発なようだ。難民事業本部は「なるべく自立させて」と助言する。去年も今年も家族連れが選ばれたが賛否がある。ただ子供の目は輝いている(以上概要)。私は総じて鈴鹿市の対応ぶりに賛成する。
| リアクション: |
2012年1月18日水曜日
(1345)読破72冊目:「スーチー女史は善人か}
著者は高山正之、2008年2月・新潮社発行、220頁、定価1400円+税。この本は2005年3月から2006年5月まで「週刊新潮」に連載された超辛口コラム「変幻自在」をまとめたもの。この種のコラム集やエッセイ集のしきたりで、代表作の題名がそのまま書籍名となるので、スーチーさんのことは220頁中たったの4頁のみ。概要は、19世紀にこの国を征服した英国は、すぐに大量のインド人と華僑を入れて金融と商売をやらせ、モンやカチンなどの山岳民族をキリスト教に改宗させ、警察と軍隊を構成させた。今までこの国の主だったビルマ族は農奴となった。軍事政権による鎖国政策によって、華僑やインド人はうまみがなくなりビルマから出国。ビルマ政府は平和的にビルマの立て直しを図ったが、そこに現れたのがスーチー女史、というか、悪者は朝日新聞だった。
| リアクション: |
2012年1月17日火曜日
(1344)政治囚ネーミョージンの帰宅の動画
ネーミョージンの帰宅の様子をユーチューブで見ることができた。子供が2本の松葉杖を持って玄関に入り、そのあと家族らに抱きかかえられて彼が登場、ベッドに静かに下ろされた。腰は相当に痛むようだ。彼は最初に持っていたビニール袋を破り、プリントされたTシャツを広げ、取材者に説明を始めた。私はビルマ語がわからないので、内容は後日紹介しよう。彼の声は意外と張りのある声で、迫力に満ちていた。早く腰を治して、4月の補欠選挙に立候補してみてはといいたくなる。ところで今回の恩赦で、政治囚全員が釈放されたと朝日新聞は報道したが、早くもアムネスティ日本から疑念の声が上がっている。まだ千人を超す政治囚が収監されている、さらには条件付で釈放された政治囚もいると指摘。はっきりしてよ。http://www.youtube.com/watch?v=LIzBPROogU4&feature=related
| リアクション: |
2012年1月16日月曜日
(1343)読破71冊目:「秘密のミャンマー」
著者椎名誠、2003年10月・小学館発行、227頁、1400円+税。椎名誠が悪友3人と一緒に、秘密の国ミャンマーを旅行したときのハチャメチャな体験紀行。ヤンゴン、ペグー、チャイティーヨー、バガン、マンダレー、ザガイン、モンユワ、ヘイホー、タウンジーなどを巡る。各地の風景やホテル、乗り物、人物、子供たちなど珍しい話題が豊富で、何しろ楽しい。悪乗りして、最後には現地人に野球の試合を申し込む始末で、暗い話など一切ない。しかし著者は、仏教と信心についてずっと考えていたのだ。日本は果たして本当に仏教の国なのだろうか、と。巻末には、ミャンマーの情景を32枚の美しいカラー写真でまとめている。この旅の間に9・11事件が勃発したが、ミャンマー人は誰一人、口にすることがなかった。国際的な情報が国民に流れてない秘密の国でもある。
| リアクション: |
2012年1月15日日曜日
(1342)ネイミョージンさん釈放
私の親友アウンさんの弟・ネイミョージンさんが13日無事釈放された。釈放は9時50分から始まったが、彼は最後の方の17時40分にやっとゲートに姿を現した。遅れた理由は、彼は持っていた衣服を刑務所内に残る友人にプレゼント、残った最後の一枚のTシャツにアウンサン将軍の顔写真がプリントされており、それが問題になった模様。建国の父の写真だからなんら問題がないと想うのだが、塀の内側ではちょっと違う感じ、ともかく彼は現在自宅に戻っている。ご両親や兄弟からの懸命な支援と祈りが実った感じで、まずは良かった。たまたまビルマ市民フォーラムの機関誌「アリンヤウン」に、アウンさんが弟のネイミョージンさんの釈放を願う記事が掲載され、会員に送付されたが、なんとその翌日に無事釈放の知らせが。兄弟愛はしっかりした絆で結ばれている。
| リアクション: |
2012年1月14日土曜日
(1341)ミャンマー全政治犯釈放?
1月14日の 朝日新聞朝刊で「ミャンマー全政治犯釈放」を報じた。そのほか「制裁解除へ前進」、「今後は議会制度の中で戦う」、「6200万人市場・資源豊富、日本の投資出遅れ」などの見出しが続いていた。今回の大統領恩赦で651人の受刑者を釈放したが、スーチー氏が率いるNLDが求めていた591人の全員がすでに釈放されたことになる(以上概要)。12日にはカレン民族同盟との停戦に合意したことと合わせ、テインセイン大統領の政治力は素晴らしい。しかし、若干疑問点が残る。AAPPの昨年10月の発表では政治犯は千数百人とあり、昨年10月10日の朝日社説では2千人と記載されていた。昨日(1月13日)の朝日夕刊にも500~1500人の政治囚が収監中とあった。今回の651人の釈放で、本当に政治囚が一人もいなくなったのか(朝日に問合せ中)。
| リアクション: |
2012年1月13日金曜日
(1340)最近のビルマ関連ニュース
最近のビルマ関連ニュース。 ★スーチー氏が1月9日のNLD中央執行委員会で議長に選出。 ★枝野経済産業大臣が12日、ヤンゴンでスーチー氏と会談して、日本企業のミャンマー進出や、投資、貿易を促進するための環境づくりへの協力を求めた。スーチー氏は経済取引での「法の支配」を強化すべきと話した。ミャンマーでは、経済発展に伴って、環境が悪くなり、少数民族に所得格差が広がっていることも懸念した。これに対して枝野氏は、大気や水質浄化など日本の高い技術による協力と支援を提案した。 ★昨日のブログでも触れたが、12日、カレン民族同盟(KNU)と政府との停戦に初合意した。両者は恒久的和平に向けて話し合うための連絡事務所の開設、カイン州内での非武装での移動の自由で合意。 ★12日朝日投書:ミャンマー少数民族の人権を。
| リアクション: |
2012年1月12日木曜日
(1339)カレン・政府 停戦間近
今朝の朝日新聞によれば、ミャンマーで60年以上も独立闘争を続けてきた少数民族の武装勢力「カレン民族同盟(KNU)」と政府の停戦協議が大詰めだ。軍事政権時代は一度も停戦に応じなかったKNUだが、幹部は「テインセイン政権は信頼できる」と発言。成立すれば政権が目指す「国民的和解」へ大きな一歩となる。KNUと政府は最近4回和平交渉を進め、KNUに15年の総選挙に参加するよう促している。テインセイン政権は昨年3月の発足以降、武装した少数民族の10勢力と交渉を進め、これまでに5勢力と合意、数千人という最大の勢力を有するKNUと合意すれば、他勢力との交渉にも弾みがつく。同幹部は、目指しているのは独立ではなく、連邦制の枠内での調和という。一方北部カチン州でも、前線の兵は別として、指揮官級は攻撃停止を徹底しようとしてる。
| リアクション: |
2012年1月11日水曜日
(1338)読了70冊目:「象を撃つ」
この本の著者はジョージ・オーウェル、彼の評論集(全4巻)の第1巻であり、29編から成り立っている。「象を撃つ」はその中の代表作であり、標題になっている。編者は川端康雄、1995年5月・平凡社発行。318頁、定価1200円。ミャンマー関連のエッセイにはこの「象を撃つ(15頁)」のほかに、「絞首刑(10頁)」、「ビルマの独立(4頁)」、「日射病の迷信(4頁)」、「船旅の思い出(3頁)」などがある。他の24編はビルマとは直接関係がない。「象を撃つ」は著者がモールメインで警察官をしていたとき、周辺のビルマ人から罵られていたが、彼自身は圧政者であるイギリスを批判していた。ある日、象が一頭暴れだしたとの連絡が入り、現場に急行、この時象は静かになっていたが、群集から「ばか」に思われたくないとの一心でついに発砲、射止めた。この後議論が続く。
| リアクション: |
2012年1月10日火曜日
(1337)読了69冊目:「血の絆」
「血の絆」の原題は「トエー」、著者はジャーネージョー・ママレー、訳者は原田正春、1978年10月・毎日新聞社発行、262頁、定価1100円。原書は1973年度のビルマにおける超ベストセラー。由美(ラングーン外国語学院日本語講師)とモンモン(ラングーン大学学生)は腹違いの姉弟、姉の方は弟の存在を知っていたが、弟は姉のいる事を知らずに孤児として育つ。その間悪友からジャパン、ジャパンといじめられていた時に、見かねた大学助教授に引き取られ成長する。しかし弟は自分の出自に疑問を抱き、日本を恨み姉から遠ざかる。あるとき、弟が悪友から暴力を受けたとき、姉が敢然と立ち向かい、弟を助けたが自らは大怪我をする。しかし弟は最後まで姉の存在を認めることに躊躇しており、姉が傷心のまま帰国することとなる。そのとき事態は突然変わった。
| リアクション: |
2012年1月9日月曜日
(1336)読了68冊目:「ミャンマーの柳生一族」
著者は高野秀行、2006年3月・集英社発行(集英社文庫)、238頁、429円+税、著者は早稲田大学探検部の先輩、船戸与一と一緒にミャンマーに取材旅行に行った。徳川家をミャンマー国軍にたとえ、老中松平伊豆守をマウンエイに、柳生一族をキンニュンのグループにたとえた。日本人作家2人の監視役に柳生一族の3人が付添ったが、この3人は人懐こくてへなちょこ、旅行が進むに連れ、みんなと一緒にわいわいがやがや、随所で笑いが炸裂していた。これだけでも楽しい旅行記だが、その裏に、タンシュエ議長側近のマウンエイとキンニュンの政権トップ争いがあったのだ。キンニュンは軍の情報機関を握っており、これを憎憎しく思っていたマウンエイがキンニュンを逮捕し、関係者3千人を刑務所に入れたという。このような歴史的大事件を背景にしての痛快作。
| リアクション: |
2012年1月8日日曜日
(1335)ミャンマーと自国をつなげ
1月8日の朝日新聞によると、ミャンマー隣国の中・印・タイによるインフラ開発攻勢が活発化し、各国とも資源輸送路に期待している。もともとミャンマーは人口も資源も多く、昨年の民政移管で欧米の経済制裁緩和に期待が高まり、存在感を増しつつある。中国は石油需要が急増しており、中東やアフリカ産の石油をマラッカ海峡を経由せずにチャゥピュー港から昆明にいたる千キロ以上のパイプラインを建設中で、13年には運用開始の予定。一方、ミッソンダム建設の工事凍結問題で一次冷却した両国関係は改善中。インドはシットウェ港からインド北東部のカレトウワまでのカラダン川を大型船が通れるように改修、さらにアイザウルまで陸路で結ぶという。タイはダウェイからタイ、カンボジア、ベトナムまでの国際幹線道路を計画中。ミャンマーは多方面外交を狙う。
| リアクション: |
2012年1月7日土曜日
(1334)読了67冊目:「忘却の国」
副題は「ミャンマー再発見の旅」、著者はハリエット・オブライエン、訳者は田辺希久子、1992年6月・心交社発行、326頁、定価1339円、心交社世界紀行冒険選書。著者はイギリス人ジャーナリスト。外交官の父に伴われて赴いた1970代年から、15年ぶりにビルマ再発見の旅に出る。著者はミャンマーの現代史で取り上げられている諸事件を丁寧に解説している。例えば、各民族による争い、イギリスとの3回に亘る戦争、その結果印度の一部地方に成り下がった様子、独立運動の高揚、日本軍の進出、アウンサン将軍の活躍、カレン族とビルマ族の争い、ネーウイン軍事政権の登場、世界最貧国時代、廃貨措置、迷信、反政府運動の担い手である僧侶と学生、アウンサン・スーチー女史の登場など、興味ある問題をその裏側を含め易しく解説しており読みやすい。
| リアクション: |
2012年1月6日金曜日
(1333)テインセイン大統領 真の改革者なのか
今朝の朝日新聞に標記の見出しが。テインセイン大統領(66歳)は、イラワジ河デルタ地帯のジュンク村で幼少期を過ごした。兄が学業を断念し、代わりに中学、高校に進学、国軍士官学校に入った。昨年3月軍政からの民政移管で大統領に就任すると、政治犯の一部釈放、メディア検閲緩和などに着手、国際社会は歓迎した。軍部の腐敗が問題になる中、汚職に染まらなかったことで軍政中枢に引き上げられ、一方で従順さが軍政トップのタンシュエ議長に買われた。07年9月の反政府デモの際は首相代行で、翌月首相に。民政移管後、軍の序列4位であったが、3位のシュエマンを抑えて大統領に。早速スーチー氏に協力を打診、スーチー氏との協力体制が出来上がった。国会補選でNLDが大勝しても軍人優位は不変。08年制定の憲法の改正が今後の焦点だ。
| リアクション: |
2012年1月5日木曜日
(1332)読了66冊目:「中国人ムスリムの末裔たち」
副題は「雲南からミャンマーへ」。著者はやまもとくみこ、小学館・2004年6月発行、318頁、定価1400円+税。中国人ムスリム=イスラム教徒(回教徒)は回族と称し、荘族・満族に次ぐ第3位の中国政府公認の少数民族といわれる。総人口9百万人、雲南では100万人も暮らしていた。一方、ミャンマーでは同国に移住した回族をパンデーと称し、推定人口1万数千人。18世紀に彼らは雲南を発ってモウラミャインなど各地を、50頭とか200頭の雲南馬を連ねた隊商(馬幣:まばん)として交易を行った。著者はミャンマー各地にいるパンデーの子孫を探し当て、祖先が雲南からミャンマーへどのような道を辿ったか、いつ頃ミャンマーに定着したか、モスク(中国名:清真寺)建立時期などを調べた。3歳の子供を抱えての奮闘記で、ミャンマーでの生活もよく描かれている。
| リアクション: |
2012年1月4日水曜日
(1331)ビルマからの手紙⑫
12月24日の毎日新聞にスーチーさんが書いた「ビルマからの手紙⑫」が掲載された。見出しは「父のように接してくれたNLD創設者の死」、「老兵の威厳とともに」の二つ。ルイン氏は1988年に発足したNLDの創設者の一人。12月6日に亡くなった時、「老兵は死なずただ消え行くのみ」と感じた。彼は19年に亘って軍人時代を過ごし、さらにその2倍以上の期間を文民として過ごしながらずっと国に尽くしてきた。元米国務長官のオルブライト氏がビルマを訪問したとき、NLDの中央執行委員会のうち4人が元軍人であったことから、軍事的分子の監督下に置かれているのではないかとの質問があった。そのときルイン氏は、「40万人の国軍兵力でも無理なことを、たった4人でできると思いますか」と切り替えした。最近お見舞いに行ったときも、礼儀正しい祈りをいただいた。
| リアクション: |
2012年1月3日火曜日
(1330)読了65冊目:「四川、雲南、ビルマ紀行」
著者は尾坂徳司、副題は「作家・艾蕪(あいうー)と20年代アジア」。1993年5月・東方書店発行、373頁、定価3800円。著者艾蕪は1904年、中国四川省で生まれ、22歳のとき働きながら学ぶために成都から雲南省昆明に入る。ここでは街頭を流浪し、社会からの処遇に怒りを覚えたが、暇を見ては読書し、習作を試みた。24歳のとき単独で中国領からビルマ(カチン州)に入国、旅籠での馬の糞さらいや、店主児女の家庭教師に。さらにバモーからマンダレー、ラングーンに入り、小説を書き続けた。27歳のときシンガポールで雑誌を創刊、その記事が災いしてビルマ当局に逮捕され、翌年上海に強制送還。その後中国で文筆活動に大活躍。本書は彼の若き頃の紀行文を数多く紹介し、随所に解説が入っている。中国人が見た昭和初期のビルマの情景は貴重だ。
| リアクション: |
2012年1月2日月曜日
(1329)ユーチューブで私の誕生日パーティーが
昨日、ビルマ人女性のKSMさんから電話が入った。11月に行われた私の83歳の誕生日パーティーの動画の追加・完成版が出来上がったという。動画を編集して、YOU TUBEで世界に流すなんて、私から見ると神業級だ。鑑賞するには、インターネットのトップ画面の上部にあるYOU TUBEと書いてある四角いアイコンをクリックして、細長い枠に「西田先生誕生日」と書いて検索を押せば一番最初に停止画面が出てくる。この画面をクリックすればスタートだ。放映時間は約14分、出席していただいたビルマ人40人の楽しそうな笑顔が次々と現れる。2006年・7年ごろ私は毎週茨城県牛久の入管を訪問し、彼女らを励ましてきた。みんな数ヶ月から1年近くも入管に収容され、不安におののき、涙を流していた。今回出来上がった動画を見て、今度は私の目が潤んできた。http://www.youtube.com/watch?v=nfhFCQi8tW8
| リアクション: |
2012年1月1日日曜日
(1328)あけましておめでとう。今年の抱負は
きょうから2012年だ。元旦を84回繰り返し迎えてきたので、最近は感慨などあまり感じない。とは言うものの、新年上期中にやっておきたい仕事が一つある。それは日本語で発行されているビルマ関連書籍100冊を紹介する小冊子を自家発行することだ。これを思いついたのは昨年秋、当時すでに54冊を読破して、それぞれの書評を私のブログ、「U MINGALARのつぶやき」に書き綴っていたので、まとめたいという願望がふつふつと湧いていた。昨年末(実は昨日)までに書評を書いたのは64冊、あと36冊だ。いま私の机の上には未読の11冊が積んである。これを読破すれば残り25冊となリ、先が見えてきた。3月までに読み終え、書き終え、5月に発行か。この種の書籍は現在のところ日本にないと思われる。いまから印刷方法やレイアウトを考えると、ワクワクする。それ前進だ。
| リアクション: |
2011年12月31日土曜日
(1327)読了64冊目:「ビルマの日々」
著者はジョージ・オーウェル、訳者は大石健太郎、1997年10月新装版・彩流社発行、386頁、定価2500円+税。本書は1930年代の英国を代表する作家、ジョージ・オーウェル(1903-1950)の処女小説。ビルマが英領印度の一部であったころ、数人の英国人が政府から派遣されてこの村に住んでいた。長年これらの英国人によって運営されてきた白人クラブに、現地人を1名参加させよという政府指令が出て、全員が反対した。しかし一人の会員がこの村で開業してるビルマ人医師を推挙したことから話が始まる。このビルマ人医師が失脚すれば自分がクラブ会員になれると目論んだ地区判事補のビルマ人が、いろいろ画策し、いくつかの恋愛事件や暴動事件を起こし、最終的にはこの策略が成功。数多くの場面で手に汗を握る事件が頻発、さすがオーウェル。
| リアクション: |
2011年12月30日金曜日
(1326)全難蓮による2011年難民10大ニュース
全国難民弁護団連絡会(全難連)から、2011年の難民十大ニュースが発表された。以下の通り。①日本の難民条約加入30周年、1951年難民条約採択60周年、衆参両院で難民関連決議が全会一致で可決。②東日本大震災・・・難民らが被災地支援ボランティア活動。③第三国定住パイロット・プロジェクト、課題に直面。④スリランカ難民、勝訴確定するも難民不認定・在特。⑤一次難民認定審査期間が大幅に短縮、異議手続に未済案件の山(平均で2年以上)。⑥難民申請数過去最高の見込み(過去最高は2008年の1599人)。⑦難民高等教育プログラム、受け入れ拡大、英語枠を導入。⑧難民研究フォーラムが「難民研究ジャーナル」を創刊。⑨難民への国籍を理由にした東工大の入学拒否について、東京地裁が違憲判決。⑩難民支援の「平和茶会」開催。
| リアクション: |
2011年12月29日木曜日
(1325)読了63冊目:「森の回廊」
副題は「ビルマ辺境 民族解放区の1300日」、著者は吉田敏浩、1995年9月・日本放送出版協会発行、494頁、定価2500円。1985年3月から88年11月までの1300日の間、ビルマ北部のシャン州、カチン州の森を民族民主戦線の兵士とともに行動を共にした。軍服を着ていたが、武器は持たず、従軍記者の立場だ。タイ北部のメホンソンからビルマに入り、シャン州の山岳地帯を北上してカチン州に入った。プーターオ近くまで山林の中を徒歩やゾウに乗って北上、各地の民族民主戦線の部隊と合流しながらビルマ政府軍と戦闘を交えた。単なる戦記ものではなく、カチン人、パラウン人、カレニ人、カレン人、シャン人、パオ人らが、それぞれ山の民の誇りを抱き、氏族社会の枠組みの中、焼畑に糧を求め、精霊を敬い、独自の文化を守り、心豊かに暮らしていた。
| リアクション: |
2011年12月28日水曜日
(1324)スーチーさん 少数民族との交渉を危惧
12月24日の毎日新聞の記事によれば、スーチーさんはテインセイン政権が早急に進めている少数民族武装組織との停戦交渉について「恒久和平には相互信頼と理解が必要」と述べ、交渉の先行きに疑問を投げかけた。また、スーチーさんは、「国会議員当選後は少数民族と協力する」と強調したが、依然政府軍との戦闘状態が続く少数民族の側には、多数派ビルマ族のスーチーさんに対しても不信感が残る。少数民族との問題で現在最大の焦点となっているのが北部カチン州を拠点とする「カチン独立軍」と政府軍の停戦交渉だ。テインセイン大統領は今月10日、軍に独立軍への攻撃停止を命じたが、大統領は軍司令官ではないので、国防安全理事会の開催が必要との意見も出ている。カイン州のカレン民族同盟も中央政府の支配下に入ることに強く抵抗中。
| リアクション: |
2011年12月27日火曜日
(1323)スーチーさん 訪日意向
27日の朝日新聞によると、玄葉外相がヤンゴンでスーチーさんと会見し、日本政府のODA再開や投資協定交渉入りを決めた野田政権の方針を説明、「投資は大事だが民主化が前進することが必要」と伝えた。スーチーさんは、「日本が支援する場合は、民主主義が堅固であるという視点を持ってほしい」と注文をつけた。会談後玄葉氏は来日を要請、スーチーさんは「希望は持っている」と応じた。なお、3日前の24日の毎日新聞でも、スーチーさんが訪日の意向があることを報じていた。日本政府は、来日時期を補選後と考え、NLD議員団らと一緒に招待する意向。スーチーさんは補選では「48議席全部を取りたい」と抱負を語った。なお従来スーチーさんは外国に出ると再入国ができなくなる不安があったが、テインセイン政権は出入国に障害はないと考えているようだ(以上概要)。実現すれば嬉しい話題だ。
| リアクション: |
2011年12月26日月曜日
(1322)ミャンマーのイスラム
今朝の朝日の「アジアのイスラム③」という欄に、ミャンマーのイスラムについて、「民主化 地位向上に期待」、「軍政下 モスク新設許されず」の見出しの下、状況が記載されていた。ミャンマーでは仏教徒が8割以上を占めるが、8世紀頃からアラビア半島から流れ着いたり、バングラデシュから移住するイスラム教徒が現れ、北部からは中国系のイスラム教徒も移住した。政府統計ではイスラム教徒は4%とあるが、実際には10%以上と見られている。1886年に英領インドの一部となった際、インドから多くのイスラム教徒が流入。1948年に独立して、ビルマ族主体の国づくりが始まると、イスラム教徒はビルマ族の一部として生きることを選んだ。しかしビルマ族に比べて出世は遅い。今彼らが望んでいるのはアセアン議長国就任だ。イスラム人口の多いインドネシアなど3か国からの地位向上支援を期待してる。
| リアクション: |
2011年12月25日日曜日
(1321)読了62冊目:宇宙樹の森
標記の著者は吉田敏浩、副題は「北ビルマの自然と人間の生と死」、1997年11月・現代書館発行、241頁、2200円+税。著者は今回と同じくカチン州とシャン州の長期取材による著書「森の回廊」があり、96年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。今回は生々しい人間関係など一切表に出さずに、同じ旅で出会った樹木、動物、焼畑、鉄、民家、食物、文様、歌と踊り、伝説、精霊など、個々のテーマついて書き上げ、自然と人間の繋がり、あるいは人と草、樹、虫、魚、鳥、獣の生き死ににおける結び付きを描いている。著者は密林の中で巨大なラガット樹を見たが、マラリヤに罹ったとき、幻想で月の中のラガット樹を見た。このような巨木が万物の基、すべての生物の母になっていると考え、表題を「宇宙樹」と名づけた。私は人間が主人公でないこのような小説を読んだのは初めてだが、考えさせられた。
| リアクション: |
2011年12月24日土曜日
(1320)玄葉外相への要請文 アムネスティ
昨日の朝日に、玄葉外相が当初25~29日のミャンマー、タイ、カンボジア訪問の予定を短縮して、ミャンマーだけを訪問し、27日朝に帰国すると発表、これは北朝鮮の情勢が見通せないため早く帰国することにした。外相のミャンマー訪問についてアムネスティー日本は下記のような公開書簡を発表した。ミャンマーでは今年に入って310人以上の政治囚が釈放されたが、いまだに1000人以上の政治囚が囚われている。彼らは「良心の囚人」であると考えられる。残された政治囚は、抗議のため10月26日からハンストを開始したが、当局はこれら政治囚に水を与えず、また犬舎に閉じ込めたとの報告もある。①政治囚全員の無条件釈放、②裁判は公正であること、③政治囚に拷問などないことの保証、④少数民族への残虐行為の禁止、⑤ODAの実施の際の人権の保障。以上を大統領に強く訴えることを要請。
| リアクション: |
2011年12月23日金曜日
(1319)読了61冊目 「少数民族の生活と文化」
本書は「21世紀の民族と国家」の第11巻に相当し、学術的である。編者は片岡弘次、発行は1998年3月・未来社、276頁、2800円+税。第1章から7章まであるが、ミャンマー関係は第1章のみで、題目は「孤児はいかにして民族の象徴となったか(カレン人の孤児伝承)」(11頁~45頁)、この章の著者は吉松久美子。カレン人はミャンマー国内に286万人(93年)居住し、スゴーカレンが38%、ポーカレン(36%)、両者間の言語は異なり、意思疎通は困難。スゴーカレンでは「孤児はカレン民族の隠喩」といわれており、伝承には孤児と老婆の組み合わせが多く、孤児の修飾語としては「怠け者」「いたずらもの」などが多い。本書では多くの孤児伝説が語られているが、カレン人が英国の撤退とともに報復され劣位民族に再転落することとなり、1950年以降「カレン民族は孤児である」としきりに提唱されている。
| リアクション: |
2011年12月22日木曜日
(1318)難民審査参与員
いま私の手元に難民審査参与員の55名の名簿がある。難民認定制度は昭和56年に創設されたが、より公平・中立な手続きを図るため、平成17年5月に難民審査参与員制度を設けた。難民不認定処分に不服がある外国人からの異議申し立てに対して、参与員の意見を聞かなければならないとされている。このことは、取り締まり目的の入管当局が、同時に判定を下す立場にあるのはおかしいという多くの難民支援者からの声に対する対抗措置であろう。何もないよりはこの参与員制度は一歩前進ではあるが、かつて民主党が言ってたように入管から独立した難民保護庁的なものを作るべきと思う。さて、この55名の名簿を眺めると、大学教授、裁判所判事・検事、弁護士、NPO法人などの関係者が多い。3人で一つの班を作り、東京入管に15班、大阪入管に3班を設け、参与員は非常勤国家公務員となる。
| リアクション: |
2011年12月21日水曜日
(1317)読了60冊目 「カチン族の首かご」
「カチン族の首かご」、副題は「人食い人種の王様となった日本兵の記録」。著者は妹尾隆彦、昭和32年11月・文芸春秋新社発行、295頁、定価280円。内容の大部分はビルマ戦争初期の戦記ものであり、著者は中隊の一等兵としてカチン州のミッチナーよりさらに北部のサンプラバム方面まで進出、英印軍は既に壊滅状態であり、新たに中国・重慶軍と戦うこととなる。彼は英語ができるため、カチンの状況を探る諜報員として選ばれ、カチン人のザオパンと協力してジャングルに入る。このザオパンの活躍で作戦は大成功を収め、日本軍が転進するときもジャングルに単身残り、諜報活動を続けた。そのときカチンには王様が不在で、5人の酋長から懇願され王様に就任、ザオパンが首相に。その直後軍から隊に戻れと命令されジャングルを離れた。王様になれたのは実はザオパンの周到な策略であった。傑作。
| リアクション: |
2011年12月20日火曜日
(1316)タナカの思い出
昨日の朝日に「いくらですか」という欄があり、ミャンマーの「木の皮から万能化粧品」と次のように紹介されていた。美白が好まれるミャンマーで、昔から女性たちが手放さないのが「タナカ」という木の皮をすった化粧品。名産地、中部ザガインにあるパゴダの境内で実演販売していた。直径8cm、長さ10㎝の木片を、水でぬらした石板上でゴシゴシこする。肌色になった液体を顔やうなじに薄く、最後はほっぺに色濃くつける。どんな形に塗るかがセンスの見せ所だ。8本セットで約500円(以上概要)。16年前初めてミャンマーに行ったとき興味本位で境内の店で若い女性に塗ってもらったことがある。そのときの印象が強烈だったのか、以後毎年東京の水かけ祭りになると塗ってもらっている。あるとき洗顔しないで帰ったので、山手線の電車の中で乗客からじろじろ見られ、途中の駅で慌てて顔を洗ったことがある。
| リアクション: |
2011年12月19日月曜日
(1315)ワッハッハ 楽しきかな忘年会
きのうの日曜日はミンガラ日本語教室の忘年会、先生と生徒約50人が集まり、懐かしい顔がいっぱい、私は健康上夜間の外出は控えているが、1年に1回だけ、この忘年会には夜間出席している。教室は96年創立、この年は年末に有志でビルマ研修旅行に行ったためか、忘年会開催の記録はない。記録に出ているのは、97年12月7日の日本語能力試験受験のあと開催したお疲れ様会兼忘年会、これが第1回となろう。だから忘年会は今年で15回目。第1回は、神田駅そばのビルマ料理店「神田市場」で開催、生徒28人が参集、店が狭くて入りきれず、はみ出したビルマ人生徒たちは2階の店にも分散した。この後毎年忘年会が、都内のいろいろな店で開かれ現在に至っている。昨夜の忘年会に出席しての第一印象は子どもたちが多くなったことだ。子供たちよ、この日本が第二の祖国、互いに頑張ろうね。
| リアクション: |
2011年12月18日日曜日
(1314)お正月の過ごし方
お正月の過ごし方といっても、我々の年代では普段とあまり変わらない。そもそも毎日がお正月のようなものであり、足腰の悪い私は、連日パソコンに取り組む以外、これといったテーマもない・・・・。しかし今度のお正月はちょっと違いそうだ、「ビルマ関係図書100冊の書評集」の作成計画が待ち受けている。 このため、ビルマ関係図書をせっせと読まなくては。今までに59冊を読み終え、書き終えて、このブログで紹介してきた。図書の入手方法は、私の書棚と、友人宅の書棚と、習志野図書館の書棚から掻き集めている。最初のうちは100冊なんて、日本にあるのかしらと心配していたが、それなりに探してみると、100冊以上読めることは確実だ。きょうも習志野図書館から9冊を入手、これがお正月に読む材料となる。9冊を読めばあとは32冊。今からなんとなくワクワクしてくる。幸い目の方は問題がないようだ。
| リアクション: |
2011年12月17日土曜日
(1313)読了59冊目 「風ともに」
標題の「風とともに」の作者はルドゥウーフラ、訳者は河東田静雄、勁草書房・1982年10月発行、235頁、定価1494円。著者は作家、新聞(ルドゥ)社主。彼自身が刑務所にいて、多くの囚人たちに取材した話を、刑務所入り絶無を願いつつ小説化したもの。話はイギリス統治時代から、日本軍の占領時代、戦後のイギリス軍政、独立後の内乱という、ビルマの歴史の中でもっとも苦難に満ちた時代に少年期・青年期を迎えた主人公マウンニョーの半生を描いている。彼が1942年4月、14歳のとき日本軍のマンダレー空襲に遭遇したり、最愛の妻が溺死したことが一つずつきっかけとなり、彼は刑務所に何回も入ったり出たりした。そして常に迷いながら一見陽気に振舞う。その時々のビルマの社会風景、家族関係もよく表現されており、そして、全般にわたり、「何が彼を窃盗常習犯にしたのか」を問いかけている。
| リアクション: |
2011年12月16日金曜日
(1312)少数民族と次々停戦 和解路線へ
今朝の朝日新聞には、標記の見出しのもと、テイン・セイン政権が、独立や自治を求める少数民族の武装勢力と次々に停戦合意を結んでいると報じた。軍政時代から続く対立解消をはかる国民全体の「和解」だ。恒久的平和に向けた交渉が今後の課題となる。テインセイン大統領はミンアウンフライン国軍最高司令官に、カチン独立軍(KIA)への攻撃を、自衛の戦闘を除いて停止するよう命じた。数千の兵力を持つKIAは、今年6月以降国軍との武力衝突で多数の死傷者が出ていた。憲法では国軍を「唯一の軍」とし、少数民族の武装勢力を国軍参加の国境警備隊に編入するよう求めて関係が悪化したためだが、これを政府の側から見直し譲歩する。政権側は編入要求をいったん取り下げ、少数民族地域の経済発展推進を約束し、国民融和策を続ける。しかし、独立や自治を望む少数民族との溝はなお大きい。
| リアクション: |
2011年12月15日木曜日
(1311)門司にある世界平和パゴダの存続
12月11日BURMAINFOからの情報。現在、北九州市門司区にある「世界平和パゴダ」が閉鎖の危機にあり、ビルマ人僧侶2人が12月25日までに建物から退去することが求められている。このパゴダと僧院は、1957年、当時のビルマ首相ウーヌのもと、ビルマ仏教会と日本側の寄付により、門司港を望む和布刈公園内に建立され、設立以来ビルマ本国から高僧が派遣され、第2次世界大戦の戦没者の供養と世界平和を祈念する場として、50年以上も日緬民間交流の象徴として続いている。しかし、宗教法人の役員会内部に、施設の閉鎖を主張する強い意見があり、またウーヌ政権の仏教信仰政策に対する評価も一様ではない。だがこの世界平和パゴダは日緬両国のかけがえのない財産であり、それを守るために日緬両政府及び関係者のご尽力を賜りたい。馬島浄圭(僧侶)、守屋友江(阪南大学教授)。
| リアクション: |
2011年12月14日水曜日
(1310)ビルマ新政府の「民主化」はどこまで本物か
岩波書店発行の雑誌「世界」1月号の314頁に根本敬氏(上智大学教授)の論説が標記の題目で掲載されていたので概要を記す。新政権が発足して8ヶ月、スーチー氏との対話、ミッソンダムの工事中止、NLDの政党登録、検閲体制の緩和など表面的な変化は大きい。しかし、①アセアンとしては独自に議長国就任を早期に決定し、米国の今後の介入を防ぐ。また、米国はビルマと中国、北朝鮮の関係を封じ込めたい意向。②2008年憲法によって国軍による新しい形の国家支配体制が完成しており、軍支配は揺るがない。③公職から引退したはずのタンシュエ元議長が、「軍評議会」を組織し、影響力を行使している。④少数民族への人権侵害が続いている。⑤スーチーさんが選挙で当選した場合は党籍を離脱しなければならず、国会審議内容の公表も無理。⑥日本からの経済援助も中断されるリスクがある。
| リアクション: |
2011年12月13日火曜日
(1309)「23年度出入国管理」備忘録②
難民条約でいう難民とは「・・・を理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有する・・・」と規定されている。ここで問題になるのが迫害の解釈であり、従来、私自身もモヤモヤしていた。この資料113頁には主な裁判例が記載されており、平成23年2月4日の東京地方裁判所の判例が紹介されている。この判決によると次のように説明されている。迫害とは「生命または自由」の侵害または抑圧であり、この「自由」の内容については、主として生命活動に関する自由、すなわち身体の自由を意味する。難民条約上の「迫害」には、経済活動の自由などは含まれないと解釈されている。そして当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに、通常人が当該人の立場に置かれた場合にも、迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要としている。
| リアクション: |
2011年12月12日月曜日
(1308))「23年度出入国管理」備忘録①
(1305)に記したように、124頁に及ぶ膨大な標記資料を入手したが、内容はこの1年間の問題点をまとめたものであり、多くの項目はそれとなく理解できた。ただ、私が見落としていた項目もあるので、それを備忘録の形でフォローする。第2部第1章であるが、その第1節の「国際医療交流の推進について」の改正である。わが国で医療を受けようとする外国人は、従来「短期ビザ」を取得して在留資格「短期滞在」により入国していたが、長期間日本に滞在する外国人患者と、その付添人に関する規定を設け、在留資格「特定活動」により入国・在留ができることを明確にした。在留期間は原則として6ヶ月。なお、短期間の医療を目的とする外国人については、従来どおり在留資格「短期滞在」による入国となる。平成22年12月17日に改正された(以上概要)。アジア富裕層への対応と思われるが、貧困層へは?
| リアクション: |