2015年10月1日木曜日

(2699)ウェブ写真集 戦後70年に学ぶミャンマー白骨街道のいま

  今年3月の発表であるが、あえてここに紹介する。無謀なインパール作戦で多くの日本兵が亡くなった退却路の一つに読売のカメラマンが入り、約20枚の写真を公開した。場所はチン州のティディム村の近くの「白骨街道」。インド国境から約10キロの地点で、日本軍の小型戦車、中型戦車の残骸が目につく。大部分は鉄くずとして売られたらしい。直径約10センチの砲弾や、銃剣も。また「イナバ」という名前が掘られた飯盒や、「九八」と読める水筒、そして星のマークの鉄兜も。また教会では火薬を取り除いた砲弾が鐘の代わりに使われ、遺品の中には「成田山」のお守りもあった。いずれも近くの住民が保存してくれていた。戦後70年経った今でも日本兵の遺留品が数多く残され、日本に帰れない遺骨が眠っている。日本の若者よ、この写真集を見てほしい。

2 件のコメント:

  1. 先生、私運がよくその取材のテープを見ることが出来ました。テレビでは6月に放送しました。今年の11月の日本政府を代表とする遺骨収集団体が行く予定なんですが、そのテープを私が見ているときに、酷く洪水被害を受けましたので、もし行っても遺骨拾うことが出来るだろうか。

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  2. ノポポさん
    コメント有難う。さすがノポポさん、いろんな情報を知っていますね。

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