2015年7月4日土曜日

(2610)ロヒンギャ問題、発生の経緯

  7月2日のSankeiBizより。ロヒンギャ問題発生の経緯についての根本敬教授の寄稿文概要。ロヒンギャ問題は1970年代末と90年代初めに、隣国バングラデシュへ大量に難民として流出した。ロヒンギャの名は文書史料の上では、1950年しか遡れない。15~18世紀に栄えたアラカン王国では、ムスリムが仏教徒と共存していたが、対立は見られなかった。1826年に英国が植民地化して以降事情は一変し、ベンガル側から大量のムスリムが仕事を求めてラカイン側に入り、20世紀に入ると両者の対立が深まった。第2次世界大戦期には日本軍側(仏教徒)と英国軍側(ムスリム)が戦い、対立が激化。ここで「ロヒンギャ」の名が出た。62年に軍政となり、強引な中央集権化が進み、ロヒンギャ排除の論理が強まり、この論理を支えたのが仏教徒だった。

2 件のコメント:

  1. この文で、ロヒンギャ問題の概要が理解できました。 感謝!

    K.A.

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  2. K.A.さん
    私も同じ思いです。ロヒンギャ側の見解も聞きたいものです。

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