2015年3月26日木曜日

(2507)8888の新聞記事

  私は1996年11月以降、今日までの朝日新聞を中心とした「ミャンマー関連新聞記事を集め、スクラップに貼り付けている。書類を整理していると、たまたま1988年8月8日近辺の新聞記事が見つかった。この記事は著名なビルマ愛好家であるS氏から入手したもの。手元には6枚の記事があり、「ビルマ・デモ、地方にも波及、緊張高まる首都、戒厳令以降逮捕者は149人に」(8月5日)、「首都5万人デモ、15か所で反政府行動、4人死亡・12人負傷」(8月8日)、「全土で無期限休校、在留邦人は外出自粛」(8月9日)。「首都一挙に内乱状態、軍発砲に市民反撃、看護婦ら多数死亡」(日時不詳)、ビルマ国軍が無差別発砲、市民も武装、多数の死者」(8月10日)など。当時ネーウィン将軍が産業国有化を掲げ、ビルマ式社会主義を推し進めたがすべて失敗した。

2 件のコメント:

  1. 今は雲泥の差ですな。
    2007.9.27のミャンマー反政府デモで、至近距離で銃撃されて死亡したジャーナリスト長井健司さんは、今治市出身であることを、つい最近知りました。
    K.A.

    返信削除
  2. K.A.さん
    今治市出身ですか。知りませんでした。東京での葬儀には、大勢のミャンマー人が参加しました。またこの惨劇から難民申請していた抑留ミャンマー人は一斉に出所できました。

    返信削除