2010年1月31日日曜日

(630)読みやすい! 熊切さんのブログ①

(2010年1月31日)
  熊切拓さんも、ビルマ人仲間では著名な存在だ。ビルマ人は彼のことを「タクさん」と愛称で呼ぶ。私と彼とは3年前に牛久入管で出会ったのが最初であり、以降「在日ビルマ難民助けあいの会」で私は顧問、彼は副会長としてしばしば同席した。何を隠そう、私のこのブログは熊切氏に設定してもらったものだ。今年の彼のブログ、「BURMA BORDERLINES NEWS」は、1月1日の「年賀状」で始まり、「カレン新年祭①~③」、「民主化席次}、「乾杯音頭」と続いた。昭和一桁の私のブログと違い、彼の文章は実に上手だ。ところどころユーモアをまじえ、ちゃんと落ちがついている。さすが某大学の文学部言語学科の博士課程の単位を取得した実力がにじみ出ている。そして、カレン民族をはじめ少数民族の事情に詳しく、この面での第一人者といえよう。ビルマに関心のある方にはぜひ見ていただきたいブログだ。

2010年1月30日土曜日

(629)ビルマ今週のニュース(1004号)

(2010年1月30日)
  BURMAINFOのニュース(1004号)から抜粋。 ★軍政の内相が21日スーチー氏が今年11月に解放されると述べた。昨年5月の拘束時から起算すると11月が拘束期限となるとも解釈できるが、スーチー氏の弁護人は大臣の発言を不当だと非難、氏は現在の自宅軟禁の根拠である有罪判決を不服として最高裁に上告しており、大臣の発言が判決に影響を与えることを懸念。 ★クローリー米国務次官補は総選挙が10月に行われるとすれば軍政にとって都合よく総選挙後にスーチー氏が解放される事になり残念、今後とも氏の解放をビルマ政府に働きかけると。 ★シャン州に拠点を置き、軍政と停戦協定を結んでいる民族民主同盟軍(NDAA、別名モンラ軍)のミンエイン事務総長が27日何者かに銃殺され死亡。軍政は停戦協定を結んだ武装組織に国軍指揮下に入るよう要求していたがNDAAは拒否していた。 

2010年1月29日金曜日

(628)Gotoさんのブログ すごい行動力

(2010年1月28日)
  ビルキチ仲間では彼の名前を知らない人はいないだろう。私は10年以上前に、彼と机を並べてビルマ語を勉強し、時にビールを並べてビルマを語り合った。それ以来の畏友であり、ビルマについては驚くほど詳しいし、行動力も抜群。彼の最近のブログ【エーヤーワディ ブログ】を見るとなんと彼はインドのラトナギリやムンバイに飛んでいた。そしてビルマ最後の王、ティーボー王とその娘パヤージー王女の子孫に会うために飛びたち、何人かの王子様に会って来たという。このようにGoto氏は第3次英緬戦争(1985年)で敗れたティーボー王とその家族の消息を調べ上げ、このロイヤルファミリーの消滅と、その子孫の現況について詳しく分析し纏め上げている。この行動力にはほとほと感心している。私はいま在日ビルマ人が直面している個々の問題で頭がいっぱいだが、彼はビルマ人の歴史を壮大に描いているのだ。

2010年1月28日木曜日

(627)またまたコーラーハーラー(うわさ)の話

(2010年1月28日)
  軍事政権下でのビルマ人社会は監視社会であり、他人を信用しない風習が自然と身についてる人が多い。その結果、自然とうわさ話が流れる社会となっている。在日ビルマ人の間でも「あの人はスパイだ」という強烈な言葉を時々耳にする。なんとも悲しい社会ではないか。昨日もビルマ人女性から電話があり、「今後入管に収容されると1年間出られなくなるってホント?」という質問があり、「そんなことないはず、品川の東京入管では長くて4ヶ月前後だよ」と答えた。ただ今回の質問には多少裏がある。品川の東京入管に収容された人は、保証人が仮放免申請書を出してないと約4ヵ月後に今度は牛久入管に移送され、ここでさらに数ヶ月出られず、結局合計10ヶ月ぐらい出られなくなる。私も現実にそのような人を知っており、収容される恐れのある人は、平生から保証人(できれば日本人)を探しておくことが大切である。

2010年1月27日水曜日

(626)我がマニフェストに欠落ありき

(2010年1月27日)
  私のマニフェストの内容は慎重に考えた積もりだったが、抜けがあることに気がついた。それは「フレッツ光」の導入問題。私の入管訪問は毎週水曜日と決めていたが、今週は特別に火曜日(昨日)に訪問した。というのも、今日(水)は埼玉にいる息子がわざわざ有給休暇を取って我が家にある新旧3台のパソコンと4台のテレビをチェックしてくれるというので、そちらを優先することにしたのだ。実は我が家ではテレビの地デジ対策と、パソコンの高速化を図るために、「フレッツ光」の導入を検討しており、近日契約するための前調査を息子に頼んだ次第である。結論として、古いパソコンは2台とも処分して新しいものを1台購入、テレビは4台とも光配線とし、うち2台のアナログを1年後に地デジ対応型に変更すること、またその際、無線ランを活用していくことにした。このように考えると、マニフェストにはまだ欠落がありそうだ。

2010年1月26日火曜日

(625)囚われの孔雀 アウンサンスーチー

(2010年1月26日)

  いま私は「囚われの孔雀 アウンサンスーチー」という単行本を読んでいる。著者は三上義一氏(1956年東京生まれ、作家、ジャーナリスト)、講談社文庫、1995年第1刷、講談社発行。ビルマ建国の英雄・アウンサン将軍の娘に生まれ、オックスフォードに学び、英国人と幸せな結婚をする。良妻賢母にして賢明な主婦、政治嫌いの彼女が、なぜ非暴力の民主化運動にのめり込んでいったのか? 1991年度ノーベル平和賞を受賞した「宿命」の女性の知られざる素顔とビルマ民主化運動を描いた406頁の文庫本。第1章:崩壊するビルマ民主主義、第2章:宿命の女性、第3章:ビルマと日本、第4章:闇将軍の素顔、第5章:怒りと叫びと銃声、第6章:すべて崩れる、第7章:ファイティング・ピーコック、第8章:飛べない孔雀、終章:幻の女性宰相 と続く。今年はビルマで選挙があるが20年前の選挙の状況も興味津津だ。

2010年1月25日月曜日

(624)いよいよ自分史の執筆スタート

(2010年1月25日)
  昨年10月に作成した自己流マニフェスト(521参照)のうち、最初に取り組んだ家庭経営チェックは「切手整理」を除いてほぼ初期の目標を達成。「切手整理」は今後合間をみて続行し、とりあえず5月を目処に進めたい。さて今日からはマニフェストの第2弾、「自分史」の発行を目指してスタート。いま頭に描いているのは、誕生日の新聞記事、西田家の家系、幼少時代から始まって、最近の「ミンガラ日本語教室」や「在日ビルマ難民たすけあいの会」までの活動記録、約30項目を1~3頁ずつに分けて記述しようと考えている。頁数は多くても100頁以内、体裁はB-5判、部数はせいぜい50部ぐらい。最近新聞や雑誌に「自分史発行のお手伝いをします」とかの広告が掲載されているが、数十万円取られるようだ。私は「みんがらネットワーク」や「きらく会会報」の出版を10年以上続けているので自信はある、ほんの少し。