2008年12月20日土曜日

(223)水島上等兵のモデル

(2008年12月20日)
  今朝の朝日に「ビルマの竪琴」の水島上等兵のモデルが死去した旨の記事があった。私は映画を2回も見た。1回目は1956年ごろの白黒映画、2回目は1985年ごろのカラー映画。もちろん私がビルキチになる前である。不覚にも今日までモデルが実在していたとは知らなかった。モデルの主は群馬県出身の僧侶中村一雄氏で享年92歳。彼はインパール作戦に参加し、終戦後イギリス軍の捕虜となって収容所生活を送ったが、その同僚の中にオーケストラの楽団員がいて、「埴生の宿」などを合唱して捕虜たちの心を慰めるとともに、死者の供養も行っていた。たまたま小説を書いた竹山道雄氏の教え子が同じ隊に所属していた縁で、中村さんとコーラス隊のことを竹山さんに伝えたことから、同小説の主人公のモデルになったとされる。数日前まで撃ち合っていた両国の兵士が「埴生の宿」を歌う画面は忘れられない。

4 件のコメント:

  1. 「ビルマの竪琴」は白黒映画でしか見ていないけど、なかなか感動的な良い映画でしたね。
    K.A.

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  2. 私は小学生のころ母と二人でカラーの方(中井貴一主演)を劇場に見に行きました(トシがバレますね)。
    当然コドモのことですし、深い意味などわかりませんでしたがあの「一緒に帰ろう!」という場面は鮮烈でしたね。
    なお、映画を見た後、母が「となりに座っていたおじいさんが、汗をふくふりして涙を拭いていたのよ~」と話していました。

    白黒もビデオを借りて見ましたが、冒頭のタイトルが出るところ、日本語のタイトルの前にビルマ語のタイトルが表示されていたのが個人的には感動しました。

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  3. k.a.さん
    「ビルマの竪琴」は感動の連続で、確かに名作ですね。特に印象に残っているのが、物売り婆さんの名演技、橋上でのすれ違い、それとやはり最後の船上での手紙の読み上げなど。(N)

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  4. stさん
    いつだったか、どこだったか忘れましたが、どこかの舞台で「ビルマの竪琴」の演劇を見たことがありました。狭い舞台でよくもあんな大掛かりな劇ができたものと感心したことがありました…‥思い出せません。(N)

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