2010年10月31日日曜日

(902)ロヒンギャ民族に難民性認められず

(2010年10月31日)
  全難連からの情報によれば、29日東京と大阪でロヒンギャ集団訴訟があり結果は2人勝訴、21人敗訴。弁護団側の主張であったロヒンギャであることによる難民性は認められず、法的に無国籍状態にされていることでの退去命令(送還先ビルマ)の違法性についても認められなかった。ロヒンギャであることによる難民該当性を否定する理由としては、●「迫害」の解釈が従来どおりの狭義の「生命と身体の自由への侵害または抑圧」としてること。●92年に25万人流出したときも、50万人はビルマに残っていたこと。●強制労働などの経験をしていないロヒンギャもいるなど、迫害に該当する程度の不利益を受けないロヒンギャも存在すること(以上概要)。問題は「迫害」の解釈が厳しすぎることであり、強制労働や、棒で殴られることも「迫害」とは認められないようだ。この狭義の解釈はビルマ人にも適用されている。

2010年10月30日土曜日

(901)ビルマ今週のニュース(1040号)

(2010年10月30日)
  BURMAINFOの今週のニュース(1040号)から抜粋。 ★サイクロン「ギリ」がアラカン州に上陸し17万人が影響を受け、7万人が居住地を失った。 ★アセアン外相の非公式会議で、軍政のニャンウイン外相が、スーチー氏の解放が11月の選挙後になる旨示唆した。現在自宅軟禁されているスーチー氏の拘束期限は11月13日だが具体的な期日には言及しなかった。また外相はタンシュエ上級大将は選挙に出馬しないと述べた。 ★アセアン国会議員によるミャンマー議連は、アセアンは選挙結果を承認すべきではないと訴えた。 ★27日、在日ビルマ人民主化活動家や支援者400人が、総選挙の実施に抗議し、日本政府は選挙結果を認めないよう要望を発表。 ★2010年の腐敗認識指数は178か国中ビルマが176位。 ★クリントン米国務長官はビルマでの人権侵害調査委員会設置に努力すると発表した。

2010年10月29日金曜日

(900)昨日もビルマの選挙情勢の記事が

(2010年10月29日)  
 一昨日に引き続きビルマの選挙情勢の新聞記事が掲載されていた。見出しは「対抗馬は元独裁政党」、「NUP(国民統一党) 軍政批判の受け皿狙う」とあった。以前はUSDP(連邦団結発展党)の圧勝かと思われていたが、ここに来てNUPが軍政への批判票を集める政党と報じている。NUPはUSDPとほぼ同数の候補者を擁立しており、民主化政党とは異なるが、軍政と異なる政策も掲げている。有権者にとって選択肢が乏しい今回の選挙で、軍政批判票の受け皿になる可能性がある。NUPは1962年のクーデーターで政権を握った故ネ・ウイン将軍がつくったビルマ社会主義計画党(BSPP)が母体。独裁政権時代に蓄えた資金を使ってUSDPに迫る勢いという。議会内に軍政と別の勢力が生まれることが、ビルマでは変化であるとの指摘もある(以上概要)。選挙まであと10日もないが、ビルマ国民の選択に注目だ。

2010年10月28日木曜日

(899)修士論文執筆中の日本人女性と共に

(2010年10月28日)
  昨日は水曜日、珍しく日本人女性と一緒に品川入管を訪問した。彼女は某大学院で学んでおり、修士論文に在日ビルマ人を取り上げたという。彼女は在日ビルマ人の考え方を中心にインタビューをしたいというので、同行することになった。入所している女性ビルマ人4人のうち、2人はこれから難民申請したいというので、私が担当して難民申請上の問題点をレクチャーし、彼女は残り2人の入所者にインタビューを試みていた。何しろ面会時間は15分、彼女のほうは時間不足で次回再度面会したい由。終わって受付に行くと顔なじみみのビルマ人夫婦に出会った。2人は今日特定活動を貰えたと大喜び、私も大喜び。帰途バス停でこれまた顔なじみのビルマ人男性に会い、喫茶店で修士の彼女がインタビュー、その後私にインタビュー、私は論文記述のポイントを教えてあげた。彼女にとり結構充実した半日のようだった。

2010年10月27日水曜日

(898)けさの朝日新聞に選挙情勢が

(2010年10月27日)
  11月7日、ビルマの総選挙の日が近づいてきた。きょうの朝日には「力と金 ゆがむ選挙運動」という大見出しが飛び込み、「軍政が利益誘導」、「規制 動けぬ他党」と続いていた。軍事政権が母体の連邦団結発展党(USDP)が権力と資金を使って大掛かりな選挙運動を進める一方、軍政と距離を置く政党は様々な規制と資金難で四苦八苦している。既に「自由で公正な選挙」とは程遠い実態があらわになっている。例えば、ヤンゴン市内の道路はこれまで顧みられなかった細い路地まで次々とアスファルトで舗装されている。市長はUSDPのバッジをちらりと見せ「誰のおかげかを覚えておきなさい」と。今回の選挙には37政党が登録しているが、USDPと国民統一党(NUP)が突出している(以上概要)。たまたまきょうは、在日ビルマ人民主化団体によって、2010年総選挙ボイコットのためのデモ行進が行われるという。

2010年10月26日火曜日

(897)ビルマの若い二人とお会いして

(2010年10月26日)
  昨日は若いビルマ人男女と長時間話しをする機会がもてた。一人は2006年末ごろから私が牛久入管で面会活動をしていたときに出会ったしとやかな女性で、その後教室にも顔を出していた。男性のほうは昨日初めて会った好青年。私の足が悪いことを知っていた彼らは、車の運転ができるのでどこにでも出向くという。その言葉に甘えて私の住む津田沼まで来てもらうことにした。彼らは私にビルマ流に床に膝まずいてお祈りをしたいというので、私は個室のある店を探し、結局津田沼駅そばの中華料理店に決めた。ビルマ流の拝礼は、日本人の習慣にはなく、厳粛さの中に敬老の気持ちが満ち溢れる素晴らしい儀式であった。胸が熱くなった私は「ありがとう、お互い元気に頑張りましょう」とだけ述べたが、もっと励ましの言葉をかけるべきであったかと反省している。その後約3時間に亘り近況など愉快に話し合った。

2010年10月25日月曜日

(896)「特定活動」から「定住者」への資格変更

(2010年10月25日)
  在日ビルマ人が難民申請しても「難民」資格はほとんどもらえない。このため入管は救済策として、難民とは認められないが人道配慮の立場から「在留特別許可」制度を設け、資格として「定住」と「特定活動」を認めている。ただ「特定活動」では、家族を呼べないとか、生活保護が受けられないなど不利な点がある。最近入手した全国難民弁護団連絡会議よりの情報によれば、①入国後10年を経過してること、②在留資格「特定活動」を付与されてから3年を経過してること のいずれかに該当する場合は「定住者」への変更が可能である。なお家族のうち1人が上記①ないし②を満たしていれば、その家族全員に「定住者」変更が許可される。必要な書類としては、①在留資格変更許可申請書、②身元保証書、③外国人登録証明書の写し、④在留資格証明書となっている(以上概要)。もっともっと法体系を整備してほしい。