2012年5月9日水曜日

(1457)ビルマからの手紙(2012-4)

  見出しは、「母・キンチー女史生誕100年」、「強さを持った慈悲の人」。母はイラワジ川のデルタ地帯の小さな町で10人兄弟の8番目に生まれ、今年は生誕100年。祖父は成人になってからキリスト教に改宗し、祖母は仏教徒であり続けた。しかし母の家族は信教を巡るいさかいとは無縁であった。母は看護職につくために国立学校の教師の職をやめ、ラングーンへ行って看護実習生として総合病院に就職した。看護師は母にとって、まさに天職であった。彼女は名人であり、慈悲の人そのものであった。ビルマ独立義勇軍の若き司令官が彼女の看護を受けた時、「この女性こそ自分が生涯を共にしたい人だ」と心に決めたことは不思議ではない。それは1942年のことだ。「お断りします」との返事を受け付けなかった求婚者は、私の父、若きアウンサン将軍であった。

2 件のコメント:

  1. アウンサン将軍とドー・キンチーの馴れ初めが語られるとは!
    続きが楽しみですね~^^

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  2. stさん
    アウンサン将軍ご夫婦の馴れ初め暴露とは、スーチーさんもやはり大物だ。
    我が両親の馴れ初め話なんて、あまり聞いたことないなあ。(N)

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