2015年6月26日金曜日
(2602)「スーチー大統領」不可能 ミャンマー改憲案を否決
6月26日の朝日より。ミャンマー国会は25日、与党が今月提出した憲法改正案のうち、「外国人の家族がいる人物は正副議長になれない」とする条項の改正案を否決した。野党党首スーチー氏が次の大統領になれないことが確定した。この項目はスーチー氏を狙ったものとみられ、与党の改正案でもそのまま残っていた。NLDは修正を求めていた。NLDは11月に予定されている総選挙で優勢と見られているが、仮に勝利しても大統領にスーチー氏を推すことができなくなった。誰を大統領候補とするかが今後の焦点となる。採決後の記者会見で「改憲ができなかっただけで総選挙不参加とはならない」とし、総選挙での勝利に力を注ぐ意向を示した。大統領候補については「適切な時期に示したい」と述べた。一方改憲に必要な75%案も、原案通り残った。
2015年6月12日金曜日
(2587)スーチー氏、習主席と会談 初の公式訪問、中国は厚遇
6月12日の朝日より。副題は「初の公式訪問、中国は厚遇」、「総選挙にらみ互いに接近」。民主化運動のシンボル、スーチー氏に対する中国の意外な厚遇ぶりの背景には、ミャンマーの総選挙後をにらんだそれぞれの「現実路線」がある。習氏は「ミャンマーの国内情勢が変わっても、中国との友好関係を維持してほしい」と。なお中国側は、自国の民主活動家を刺激しないように、メディアに勝手に報道しないよう指示。中国側がスーチー氏を重視するのは、11月のミャンマー総選挙で、政権を担う可能性があるからだ。現政権は従来の中国一辺倒の外交姿勢を修正しており、中国離れが促進しかねない。一方、スーチー氏も選挙後に与党となった場合、最大の投資国であり、国境地帯の少数民族武装勢力に影響力を持つ中国と関係を築く思惑がある。
2013年11月30日土曜日
(2027)スーチー氏訪中を調整・中国
11月30日の朝日新聞より。中国の楊駐ミャンマー大使が29日、野党・国民民主連盟党首のスーチー氏が訪中を検討していることを明らかにした。国民の人気が高く、次期大統領への意欲を示すスーチー氏と良好な関係を築き、同国への影響力確保を図る狙いとみられる。楊氏はスーチー氏を「内外で尊敬されている政治家で、国民への影響力は大きい」とし、訪中について、「双方にとって都合の良い時期を見出そうとしている」と語った。軍事政権時代に欧米が制裁を強め、日本も援助を抑制した一方、中國は支援を拡大して影響力を強めた。だが、2011年の民政移管で発足したテインセイン政権は、民主的な改革を進めて欧米や日本との関係改善に成功。中國との結びつきは相対的に弱まったとみられる(以上)。中国の支援でミャンマー庶民は潤ったか?
2013年10月23日水曜日
(1989)スーチー氏「改憲にこだわる」
10月23日の朝日。ミャンマーの野党党首スーチー氏が訪問中の欧州で、軍事政権が制定した憲法の改正の必要性を声だかに訴えている。国会の憲法調査委員会が年末までに改憲を巡る報告書をまとめる予定で、その方向性が年内に固まる可能性がある。民主化の次の段階に向け、国際社会の協力を取り付けたい考え。スーチー氏は、19日のベルギー訪問以降、「国民の大多数は改憲を求めている」、「改憲が無ければ2015年の総選挙は公正にならない」など、憲法改正に関する発言を繰り返している。憲法改正に関しては、7月に国会が憲法調査委員会を設置、年末までに報告書を提出することを決定。与党(USDP)の党首シュエマン下院議長は「委員会の報告に基づいて改正がなされる」と表明。今回の欧州歴訪は国際社会に 協力を求めるもの。
2013年5月4日土曜日
(1817)スーチー氏に学ぶ 戦う精神
5月2日の朝日夕刊。先日スーチー氏が来日の際、京都大学アメリカンフットボール部のキッカー井上耕平(4年)が、スーチー氏あてに「講演をお願いします」と手紙を書いた。「苦しい立場でも戦い続けられる理由を知りたかった」と振り返る。4月15日、京都市内であった関西在住のミャンマー人との交流会。部員たちは控室でスーチー氏に会い、顔写真をプリントしたTシャツを手渡した。井上はスーチー氏が壇上で語った「問題と向き合う力は、信念から来る」という言葉をノートに書き留めた。「前に踏み出す勇気をもらった」という。タックルを受けても後ろに倒れない、ここ一番の場面で必ず球を受ける、といった精神面に生かせそうだ(以上)。我々が某氏を介してスーチー氏に手渡しをお願いした「みんがらネットワーク会報・最新号」は、読んでいただいただろうか。
2013年4月19日金曜日
(1802)民主化支援で一致 首相、スーチー氏と会談
4月19日の朝日。安倍首相はスーチー氏と官邸で会談、首相は「改革が進めば豊かになると国民が実感し、改革が進展するような支援」、「国民が選択する国づくりへ、ミャンマーに適した形での支援」、「ODAによるインフラ整備と、民間投資の両輪による支援」、「日本企業の投資をミャンマーの発展につなげる支援」などを表明。一方、17日の東京大学の講演で、スーチー氏は「援助は体制側を強化するだけのものであってはならない」、「NLDが政権を取ったら、日本政府と最良の関係を築ける」とも述べた(以上)。スーチー氏は今日帰国する。今回の来日で、彼女の本音をより多く知ることができ、また、日本人の彼女への関心の高さも知った。一方、彼女は大統領就任を望んでいるが、後継者を育てていない点が不安だ。NLDとして影の内閣を考えてはどうか。
2013年4月17日水曜日
(1800)スーチーさん 東京に戻る
来日中のスーチーさんの活動ぶりが連日報道されている。4月16日の朝日夕刊。東宮御所で皇太子さまと面会、1983~85年英オックスフォード大留学中、同じ大学にいたスーチー氏夫妻が招かれた夕食会で同席、今回はスーチー氏が皇太子さまへの表敬訪問を希望した。4月17日の朝日。スーチー氏は16日夜岸田外相と会談、同氏はミャンマーの現状を「大きなチャンスであるが危うい時期でもある。良い方向に進むには正しい支援を受ける必要がある」、「政治、社会制度の発展が必要」と説明。岸田外相はミャンマーの進展に支援すると発言。このほか、NHKはじめ各テレビでも数多く放映された(以上)。私のささやかなブログも今日で1800回。この数字に意味があるのかどうかよく分からないが、2008年5月以降約5年一日も欠かさずよく続いたものだ。
2013年4月16日火曜日
(1799)スーチーさん 京都でいろいろ
来日中のスーチー氏は、4月14日午前京都に到着、05年に初めて1級河川に設置した小水力発電所を視察、そのあと錦市場を訪問した。15日は1985年から約1年間、客員研究員として通った京都大学で講演し、ミャンマーでの女性の政治的な立場を高める必要性などを訴えた、また京大はスーチー氏に「名誉フェロー」の称号を授与した(以上15日朝日夕刊)。15日は、さらに龍谷大学を訪問、学生ら2千人が大歓迎した。そのほか堺市を訪問、茶道裏千家・今日庵で堺平和賞授賞式に参加した(以上16日朝日)。以上のようにスーチー氏は多忙であるが、テレビなどでは、京都のお寺で一休みしたり、楽しそうにお茶を点てたりしているシーンが流れ、外務省も気を使っているなと思う。19日の帰国までのあと数日の間、お元気で日本の春を楽しんでもらいたい。
2013年4月15日月曜日
(1798)スーチーさんの発言が逐一分かった
13日に来日したスーチーさんは東京渋谷で、2千人近い在日ミャンマー人との交流会に出席し、講演と質疑応答を行った。その状況は、新聞各紙とテレビで報道された。私も1995年からミャンマー人支援活動を続けてきたが、一つの山場を迎え感動した。ところでもう一つ感動したことがある。交流会場でのスーチーさんの発言内容が逐一理解できたことだ。当日私は自宅におり、会場では通訳がつかなかったのに・・・。それはミンガラ日本語教室のN先生とT先生が、それぞれ日本語の上手なミャンマー人(いずれも元生徒・日本語能力試験N1級合格者)と組んで、スーチさんのビルマ語を元生徒が日本語に訳し、それを先生方がFacebookやブログを利用して、我々に流してくれた。公式な発言内容はいずれ外務省が流してくれるだろう。何だか嬉しい一日だった。
2013年4月14日日曜日
(1797)スーチー氏都内で発言 公正な総選挙へ 憲法改正が必要
4月14日の朝日7頁。27年ぶりに来日したスーチー氏は13日、都内で開かれた在日ミャンマー人との集会で、早期の憲法改正が必要との考えを示した。また、国内で民族・宗教をめぐる衝突が起きていることを念頭に、民族間の融和の重要性も強調した。スーチー氏は「現憲法下では公正な総選挙は出来ない」、「多くの民族が我が国の多様性を形作っている。団結が不可欠だ」と訴えた。また「仕事がないのが我が国の最大の問題なので、仕事を生み出す形の投資を」と要望した。また同紙38頁には「歓迎集会に1700人、在日ミャンマー人」の見出しも。「日本の良いところを学びなさい」、「日本にいても祖国のためにできることを考えてほしい」など(以上)。会場にいたA.N.さんからスーチー氏の発言内容が逐次日本語でフェースブックに報じられ、大感激した。
2013年2月15日金曜日
(1739)スーチー氏の手編みセーター2着1千万円超
AFP12年12月29日の国際ニュース。ミャンマー最大野党・国民民主連盟(NLD)の党首で、ノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー氏が編んだセーター2着が27・28両日にヤンゴンでチャリティーオークションにかけられ、合計12万ドル(約1030万円)以上で落札された。2着ともスーチー氏が20年以上前に編んだもので、赤、緑、青が鮮やかなVネックのセーターは27日に5万ドル(430万円)弱で、もう1着は翌28日に7万4千ドル(約630万円)以上の高値で落札された。NLDが主催したこのオークションの収益は、教育関連事業に寄付されるという(以上概要)。いま私は尊敬する友人TOさんが編んだセーターを着てこのブログを打っているが、この手編みセーターを将来もしオークションに出したらどうなるか、ひょっとしたらひょっとするかもと考えながら。
2013年2月14日木曜日
(1738)スーチー氏野党来月初の党大会
3月14日の朝日新聞から。アウンサンスーチー氏が率いるミャンマー最大野党、国民民主連盟(NLD)が、3月8日から3日間の日程で、党大会を開くことになった。民主化運動が高まった1988年の結党以来、事実上初の党大会となる。複数の党幹部が明らかにした。大会はヤンゴンで開かれる。1千人を超える代議員が選出した中央委員(120人)により、最高の意思決定機関の中央執行委員を決定。2年後の次期総選挙に向けた体制作りなどを議論する。NLDは、国民から圧倒的な人気を集める党首のスーチー氏のワンマン政党の色彩が強い。スーチー氏への批判や不満がくすぶるなか、政党としての体制固めが最大の課題となっている(以上概要)。確かにワンマンの色彩が強く、少数民族問題は避けている。野党党首への批判は当然であり、必要だ。
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