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2012年4月15日日曜日

(1433)読了98冊目:「黄金の三角地帯」

  副題はゴールデン・トライアングル、竹田遼、1977年9月・文遊社発行、235頁、980円。目次は、①シャン州へのパスポート、②九百年目の再開、③革命家たちの勲章、④統一戦線への始動、⑤ブラックトライアングル、⑥コートレイの孤独、⑦第二次アヘン戦争と続く。著者はビルマとの国境にあるメサリエンの街で、シャンランド民族解放戦線やパオ民族解放軍の兵士らと会い、彼らの組織のリーダー、ウ・ラ・ぺとの取材を要望、結局彼ら兵士とともにビルマ政府軍の目をかいくぐり、苦難の道を経てシャン州に入る。そこで麻薬取引と少数民族戦線との関係を知る。現地での麻薬取引の利潤は多くはないが、国境を越えた途端価格は急上昇。また、ビルマ共産主義者も国民党もこのトライアングルの渦に入っており、シャン同盟軍とシャン州革命軍との交戦も同じだ。

2012年2月22日水曜日

(1380)読了81冊目:「ミャンマー・旅の指さし会話帳」

  標記は「旅の指さし会話帳」シリーズの44巻、著者は浅井美衣、2003年5月・情報センター出版局発行、128頁、1800円+税。本来は海外旅行のガイドブックであり、ミャンマー旅行を考えている人々が、現地で指をさしながら、会話が弾むことを狙ったもの。もちろん単純なビルマ語テキストとしても使える。ほぼ全頁がカラーのイラストに溢れ、親しみやすい。巻末には42頁、2500個の単語が並んでおり、辞書としても便利。使用している文字は例の丸まっこい文字でなんとも愛くるしい会話帳だ。現地を訪問した時ビルマ語を使ってみれば、ビルマ人はとても喜ぶ。私も20年ぐらい前、10人ぐらいの子供たちと一緒に、ビルマ語で1,2,3,4(ティッ、二ッ、トゥン、レー)と10まで合唱(?)したことがあるが、とても喜ばれた思い出がある。ミャンマー旅行には必需品だ。

2012年1月9日月曜日

(1336)読了68冊目:「ミャンマーの柳生一族」

 著者は高野秀行、2006年3月・集英社発行(集英社文庫)、238頁、429円+税、著者は早稲田大学探検部の先輩、船戸与一と一緒にミャンマーに取材旅行に行った。徳川家をミャンマー国軍にたとえ、老中松平伊豆守をマウンエイに、柳生一族をキンニュンのグループにたとえた。日本人作家2人の監視役に柳生一族の3人が付添ったが、この3人は人懐こくてへなちょこ、旅行が進むに連れ、みんなと一緒にわいわいがやがや、随所で笑いが炸裂していた。これだけでも楽しい旅行記だが、その裏に、タンシュエ議長側近のマウンエイとキンニュンの政権トップ争いがあったのだ。キンニュンは軍の情報機関を握っており、これを憎憎しく思っていたマウンエイがキンニュンを逮捕し、関係者3千人を刑務所に入れたという。このような歴史的大事件を背景にしての痛快作。

2012年1月3日火曜日

(1330)読了65冊目:「四川、雲南、ビルマ紀行」

  著者は尾坂徳司、副題は「作家・艾蕪(あいうー)と20年代アジア」。1993年5月・東方書店発行、373頁、定価3800円。著者艾蕪は1904年、中国四川省で生まれ、22歳のとき働きながら学ぶために成都から雲南省昆明に入る。ここでは街頭を流浪し、社会からの処遇に怒りを覚えたが、暇を見ては読書し、習作を試みた。24歳のとき単独で中国領からビルマ(カチン州)に入国、旅籠での馬の糞さらいや、店主児女の家庭教師に。さらにバモーからマンダレー、ラングーンに入り、小説を書き続けた。27歳のときシンガポールで雑誌を創刊、その記事が災いしてビルマ当局に逮捕され、翌年上海に強制送還。その後中国で文筆活動に大活躍。本書は彼の若き頃の紀行文を数多く紹介し、随所に解説が入っている。中国人が見た昭和初期のビルマの情景は貴重だ。

2011年12月11日日曜日

(1307)読了58冊目 「地球の歩き方:ミャンマー」

  この本「地球の歩き方 D-24  ミャンマー(ビルマ) 2011年~2012年版」は典型的なミャンマー旅行指南書、制作は鈴木達也氏、発行はダイヤモンド・ビッグ社、2011年3月発行(初版は1986年12月発行)、245頁、定価1900円+税。内容は、ヤンゴン周辺、パガン周辺、マンダレー周辺、インレー湖周辺と続き、それぞれ名所やホテルなどを丁寧に紹介している。写真も多く、随所に見られるビルマ料理や、旅の技術などの解説も親切だ。ただ残念ながら、今年3月から始まった民政化の動きには触れていない。この本で、私が特に注目したのは、最終頁近くに掲載されていた「ミャンマー関連書籍ガイド」のコーナー、18冊が簡潔に紹介されていた。その半数は私がすでに読み終わった書籍だが、残りの半数は私も知らなかった書籍名であった。これらは早速習志野市図書館にあるか調べてみよう。

2011年10月14日金曜日

(1249)読みました 「ミャンマー東西南北・辺境の旅」

  著者は伊藤京子氏(米国ジョージア州短大卒、ご主人はミャンマー人で、ミャンマーに1年半滞在。フリーライター・フリーカメラマンとして活躍中)、2002年11月、株式会社メコン発行、158頁、定価1500円+税。この書籍は一種のミャンマーの旅行案内書であり、南部ミャンマーとしてはヤンゴン、モーラミャイン、他9ヶ所、東部ミャンマーでは、インレー、タウンジー、チャイントン他2ヶ所、中部ミャンマーではマンダレー、バガン他9ヶ所、北部ミャンマーでは、ミッチーナ他1ヶ所、そして西部ミャンマーでは、ガパリ他1ヶ所を紹介。すべて著者が実際に訪問したところであり、アクセス方法、ホテル、レストラン、近辺の名所等を綺麗な文章で丹念に記している。そして、各訪問先で著者が撮った豊富な写真や、6つのコラムも読者を楽しませてくれる。これからミャンマー旅行を予定している方々には、必見の書籍であろう。

2011年9月7日水曜日

(1212)読みました 旅名人ブックス「ミャンマー」

  この書籍の副題は「仏教遺跡の宝庫を歩く」、旅名人ブックスの63番目、著者は邸景一(文)・武田和秀(写真)、日経BP社、2003年12月発行、220頁、1800円+税。ミャンマーの旅行案内書は数多くあるが、この本はテーマをはっきりさせた上で、カラー写真を豊富に使って心が洗われ、癒される旅を紹介している。見ただけで旅行したくなるような編集である。第1章:ミャンマーを知る、第2章:ヤンゴンとバゴー、第3章:バガンとポッパ山、第4章:マンダレー、第5章:インレー湖とその周辺、第6章:ミャンマーのホテル、第7章:旅の便利帳と続く。何しろたくさんの美しいカラー写真が目に飛び込み、おそらく誰が読んでもミャンマーへ行きたくなるであろう。私は10数年前に4回各地を回っただけだが、いま読み直してみて、どの頁からも懐かしさがあふれ出てくる。巻末のビルマ王朝の歴史もよく整理されている。

2011年7月1日金曜日

(1144)読みました「西南シルクロードは密林に消える」

  著者は高野秀行(作家、冒険家)、2003年2月 講談社発行、367頁、1900円+税。著者はシルクロードはいくつもあるはずで、西南シルクロードを踏破してみたいとの願望があり、最終目的地をカルカッタと決めた。中国の四川省、貴州省、雲南省を旅した後、ビルマのカチン州に入るのだが、ここで中国の公安に掴まる、ここでのやり取りが抱腹絶倒、何とかカチン州に潜り込み、カチン軍のトップに会い、彼らの支援の下密林を迷走、ザガイン管区を経て秘境ナガ山地へ、さらにインドのナガランド州へ、そして最終目的地のカルカッタへ。ここまで来たのはよかったが、いざ帰国のときにビルマ、インドへの密入国を日本領事館に申告、ここで絶体絶命、領事と一緒にカルカッタ警察署に自首、一時は刑務所入りを覚悟したが、領事館の努力が功を奏して無事日本に帰国ができた。息もつかせず、面白く痛快に読める。

2011年6月16日木曜日

(1129)読みました「イラワジの赤い花」

  「イラワジの赤い花」副題は「ミャンマーの旅」、著者は中上紀氏、1999年4月、集英社発行、220頁、1600円+税。著者の父上は著名な作家中上健次氏であり、著者がハワイ大学在学中に研究旅行プログラムで15日間のビルマ旅行を総勢20人の学生で行うことになった。学生といっても、多人種で構成された賑やかな団体旅行である。この団体が、ヤンゴン、タウンジー、ピンダヤ、カロー、バガン、マンダレー、ミッチーナと巡った。私が15年前に旅行したヤンゴンのシュエダゴンパゴダや、マンダレーヒルから見た街の様子、馬車で巡ったバガンの壮大な遺跡跡、ペグーの巨大な寝釈迦像、あるいはポッパ山登山など楽しかった思い出がそのまま紙面から吹き出してきた。なお、表題の「赤い花」は父健次氏が描いたアンスリウムの赤い花を著者がビルマで見つけて表紙を飾ったようだ。読みやすい旅行記だ。

2011年6月12日日曜日

(1125)読みました「ミャンマー百楽旅荘」

  題名の「百楽旅荘」には「パラダイスホテル」とフリガナがあり、副題は「ビルマの竪琴とスーチーさんの国をビーチサンダルで歩いた庶民の生活探訪記」。著者は寺井融氏(1947年生まれ、政党機関紙の編集人などを経て、紛争各地を回る、著作多数)、96年9月、三一書房発行、230頁、1600円。この旅行記は95年と96年の2回のビルマぶらり気まぐれ旅行を紀行文風にまとめたもの。著者も書いていたが、現地の人は実に人懐こく、特に現地ガイドとのやり取りは傑作だ。現地人の慎み深くて人懐っこい笑顔と、親日的な心情がよく表現されている。特に各地のホテルや飲食店の内容が詳しく、旅行ガイドの役割も果たしている。著者が「パラダイスホテル」というのは、ビルマそのもののようだ。私がビルマを旅したのは96年~98年の4回、著者とほぼ同時期であり、読んでいて各頁から懐かしさがこみ上げた。

2011年6月1日水曜日

(1114)読みました 「見えないアジアを歩く」

  見えないアジアを歩く(副題:辺境案内人による「紛争地」ガイド)、見えないアジアを歩く編集委員会編著、三一書房 2008年4月発行、285頁、1700円+税、この本は7つの辺境紛争地の旅行案内書である。最初にビルマのカレン地域とタイ国境の難民キャンプ地域の概要が掲載されていた。執筆者はおなじみの写真家山本宗輔氏(32頁分)、まだ地雷が多く残っていたり、戦闘が続いている地区もあり、一般人の旅行にはちょっと危険な感じ。でもこういう所だからこそ行きたい人も大勢いるのだろう。この他には、スリランカ北東部、アチェ(インドネシア)、ナガランド(ビルマ国境に近いインド)、チェチェン共和国(ロシア、グルジアの隣)、チッタゴン丘陵(ビルマとの国境近くのバングラデシュ)、イラク(+シリア、ヨルダン、クエート)と分かれ、執筆者はそれぞれ異なる。読んで興奮するがやはり怖さが先立つなあ。

2011年2月14日月曜日

(1007)読みました「豚が沐浴する国」

(2011年2月14日)

  このユニークな標題の書籍は数年前から読みたいと思っていた。副題は「ビルマ感傷旅行」、著者:田村旅人、新潮社(2000年1月)発行、定価1470円。 著者はカメラマンであり一人で、ヤンゴン、インレー湖、マンダレー、バガン、メッティーラ、ヤンゴン、バンコク、コーソンと自由気ままに歩き回り、それぞれの地区で出会ったエピソードを楽しくまとめており、特に人物描写に力を入れ、随所に美人の話が出ている。写真も多く掲載され、確かに美人が多い。目次を見ると、●追憶の湖へ、●聖なる子どもたち、●千年王国行きスローボート、●山里の美女、●泥海に浮かぶホテル と続く。彼がビルマを旅行したのはビルマ観光年とあったので、1998年ごろか、私がビルマを訪問したときと一致しており、その意味でもとても懐かしく一気に読み終えた。ただ彼が訪問したときは雨季であり、連日の豪雨で大分参ったようだ。

2010年12月9日木曜日

(940)「閉ざされた国ビルマ」を読みました。

(2010年12月9日)

  いま標記の本を読んでいる。著者は宇田有三氏、2010年1月高文研発行、238頁、定価1700円、副題として「カレン民族闘争と民主化闘争の現場を歩く」と記載されていた。著者は有名なフリーランス・フォトジャーナリストで、軍事政権、先住民族、世界の貧困などを重点的に取材し続けてきた活動家である。この本の構成は、序章:「ビルマ」か「ミャンマー」か、第1章:カレンの人々、第2章:軍事政権下に生きるビルマの人々、第3章:ヤンゴンからビルマの最北端の村へ とあり、得意の写真で随所に花を添えている。著者自身が従軍し、また国境の難民キャンプに何回も潜入して取り上げたビルマ族対カレン族の闘争の記述は、日本人には分かりにくい少数民族闘争の原点を示している。なお第3章では軍事政権下に生きる庶民の姿が記されており、文章も平易で読みやすい。最近のビルマ紹介本として推奨する。

2009年11月9日月曜日

(547)面白かった 「ビルマ万華鏡」②

(2009年11月9日)


  昨日に続き土橋康子氏が書いた「ビルマ万華鏡」について。たまたま目が「ナガの新年祭」のタイトルに移ったとき、私の目が釘付けになった。「・・・・写真家Gさん・・・・」。ビルマで写真家でGさんとくれば私の親友の後藤さんしかいない筈、でも自信はなかったので以降の頁をぐんぐんと読み飛ばしていった。そして「2006年2月再びナガ丘陵へ」という項目では「・・・・G先生とご一緒に」、「・・・・お気の毒にもG先生は階段を踏み外し」とあった。なぜかこの辺でG先生というのは後藤さんに違いないと確信できた。早速彼に電話してみたところ間違いなかった。そういえば、彼は「みんがらネットワーク」の会報の表紙を12年間毎号提供しており、このブログ読者も大勢彼の写真を知っている筈である。私は今この会報の全号の表紙を見ているが、11号をはじめナガの写真の多いのに気がついた(ナガはビルマ北西部の僻地)。

2009年11月8日日曜日

(546)面白かった 「ビルマ万華鏡」①

(2009年11月8日)

  先に(537)で新刊の「東洋の真珠ヤンゴン」を紹介したが、今日は「ビルマ万華鏡」。著者は土橋泰子氏で連合出版発行、表題の通り内容はビルマ関連の話題がいっぱい、ラングーン大学在学中の身近な話、ビルマのことわざや歳時記、少数民族の紹介、ヤンゴンの紹介、ナガ族の新年祭、国連事務総長ウ・タンとの出会いなど軽妙なタッチでエッセー風にまとめている。特に私が注目したのはビルマ人の名前、私は過去2000人に近いビルマ人と接してきたが、名前の意味やつけ方がよく理解できなかった。今回のこの土橋先生の書を読んで懸案はずばり氷解。例えば、AYE、MYINT、SHWE、HLA、SEIN、MYA、KYI、KYAW、HTIN、YIN、THANT、KHIN、NAING、AUNG、NU、など私の頭にある名前の多くが説明されており、今度会った時に使ってみたい。なお書中に某氏の名前が出てきたので本編明日も続ける。




2009年10月30日金曜日

(537)東洋の真珠ヤンゴン

(2009年10月30日)

  最近相次いで2冊のビルマ関連の書籍が連合出版から発行された。1冊は「東洋の真珠ヤンゴン」、桑野淳一著、2009年9月9日発行。他の一冊が、「ビルマ万華鏡」 土橋泰子著、2009年9月5日発行、共に2200円。まず「東洋の真珠」であるが、著者は広く海外の紀行書を著しており、本書は数度の渡緬を経てヤンゴンの街をくまなく歩き、古き著名な建造物をその歴史とともに紹介し、現在の目線で書いている。私は過去4回ヤンゴンを訪問したが、いずれも2-3日の滞在に過ぎず、本書に出てくる建造物はほとんど知らなかったので今回参考になった。それよりも歴史書としてヤンゴンを眺めることができ面白かった。特にモン族とビルマ族の争い、3度の英緬戦争、英国統治下のヤンゴン、イギリスの爪あとなどワクワクしながら読んだ。ヤンゴン大好き人間にお勧めしたい。なお「ビルマ万華鏡」は後日紹介予定。



2008年7月8日火曜日

(58)単行本「ミャンマー」を読んで

(2008年7月8日)

  先日、乃南アサ著「ミャンマー」(文芸春秋社発行、1400円)を近くの書店で買った。発行が08年6月なので、つい最近のサイクロン被害についても簡単ではあるが触れられていた。私はいままで著者名を全然知らなかったが、後書きで直木賞受賞作家であることを知り、興味を抱きながら一気に読み終えた。内容はミャンマー旅行記であり、写真をたくさん使っているので分かりやすかった。「どこに行っても、人々は、ひたすらに生きている」。「その、生きている姿を忘れたくない」。「デモと軍政が対峙する国で不思議な懐かしさが沸いてきた」。「軍政下でも人々の顔は未来へ輝いている」。「それは私たちアジア人のふるさとなのかもしれない」。「そこにはかつての日本があった」。さすが直木賞作家であり、やさしい、きれいな文章で最近のミャンマーを紹介している。それに比べてこのブログの拙文はひどいものだなあ・・・・。