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2014年5月11日日曜日

(2189)バンコクから 不発弾事故で見えた現状

  5月11日の朝日(風)欄より。大野アジア総局長からの便りだ。バンコク北部の街で不発弾とは知らずに、誤って爆発させたカンボジア人移民労働者の死亡事故があった。しかし話が別の方向に広がった。タイには不法移民が3・400万人いると言われ、その8割がミャンマー人。少子高齢化が進むタイでは、安い労働力として200万人もの外国人労働者を必要としており、不法移民は黙認状態。例えばバンコク西方の漁業の街マハチャイでは、タイ人よりミャンマー人の方がはるかに多く、銀行ATMにミャンマー語が併記されていて、地元住民から苦情が出ている。外国人労働者とどう付き合っていくか、日本人にとっても ひとごとではない(以上)。日本の場合、ミャンマー人のように親日的な国民を呼び寄せたらいいと思うのだが、第三国定住の失敗は返す返すも残念。

2013年9月28日土曜日

(1964)ミャンマー難民4家族日本へ出発 第三国定住制度で

   9月27日のNHKニュースより。第三国定住制度で、新たにミャンマー難民4家族18人が27日、日本に向けて出発した。これまでに9家族45人のミャンマー難民が、東京や三重県などで暮らしている。第4陣となる18人は、タイ北西部の難民キャンプで暮らしながら、日本への移住を希望。難民キャンプで7年暮らしたという男性は、「日本語の勉強を頑張って、早く良い仕事を見つけたい」と話す。難民たちは27日夕方、成田空港に到着し、今後半年間にわたって日本での生活に必要な言葉や習慣について研修を受け、定住先や就職先を見つけることになる。この制度を巡って昨年度は日本での生活に対する不安などから、希望者が1人もいなくなるという事態に。政府目標の毎年30人の受入れは 未達成だ。受入れ態勢の強化など、制度見直しの声も出ている。

2013年7月11日木曜日

(1885)ミャンマー難民 帰るか残るか

  7月11日の朝日。このほかの見出しには「タイから戻って・政府から突然提案」、「困窮する故郷 生活見通せず」、「若者・米国に行きたい」と並ぶ。現在キャンプは国境地帯に10か所あり、住民の8割がカレン族、1984年カレン民族同盟(KNU)とミャンマー政府軍との戦闘が激化し、カレン州から逃げてきた。しかし今年の4月、カレン州首相がキャンプ住人に、候補地4か所を示しながら帰国の提案があった。テインセイン政権は、「難民問題解決」をアピールしたいのだ。タイ政府は14万人の半数は最近流入してきたカレン人という。全キャンプの支援予算は61億円から15%削減、若い人たちは第三国定住で、ミャンマー難民を熱心に受け入れてくれた米国行きを希望(以上)。日本に定住したい希望者は多分0人では。政府は、至急難民保護庁を作ってほしい。

2013年3月12日火曜日

(1764)「第三国定住に関する政府資料」

 3月8日、「第三国定住による難民の受入れに関するパイロットケース実施の具体的措置について」が、内閣官房から発表になった。第三次募集の際、応募者ゼロという恥ずかしい結果を受けての政府の対策である。主な内容は以下の通り。◇1回30人(家族単位)で5年連続実施、◇対象キャンプ数を5か所に拡大、◇入国半年ごとに日本語能力、生活状況等を調査する、◇定住支援策等に関する広報活動の実施、◇タイでは3~4週間の出国前研修(日本語・生活習慣等)を行う、◇入国後1週間程度宿泊施設で生活、安全面の教育を行い、食料、衣料品等の支援を行う、◇各種定住支援プログラムを講ずる(180日間)、◇定住支援施設退所後6か月間は職場適応訓練の受講など各種の支援を行う、◇この6か月経過後は、職業相談、日本語学習支援などを行う。

2013年3月3日日曜日

(1755)第3国定住 難民の事情か、役所の都合か

  3月3日の朝日(ザ・コラム欄・柴田記者)。タイ西部国境にあるメラキャンプ、ここには約5万人が住んでいる。昨年6月、スーチーさんが訪れ「皆さんが帰還できるよう努力する」と述べたことで期待が膨らむ。調査では住民の75%が帰国を希望している。日本政府は、メラから難民を日本に招く第三国定住を試行しており、10年、11年で計9家族45人が来日した。しかし12年はゼロ。米国は今年団体募集を終了するが、裏腹に日本は施行を2年間延長する。一方来日した20歳の母親は2歳の息子を連れてメラに帰る予定だ。また難民事業本部では、相談員3名の雇用をやめ混乱が広がった。取材を通じて継続すべきという確信には至らなかった。難民の事情よりも役所の都合を優先させていないか。理念の定まらぬ援助の押付けは時に多くの人を傷つける。

2013年3月2日土曜日

(1754)カレン族8人、鈴鹿市民と交流、学んだ日本語披露

  2月25日の読売電子版。第三国定住で来日し、鈴鹿市で暮らすカレン族の家族と、地域住民の日本語交流会が24日、同市で開かれた。同市は2011年3月、タイの難民キャンプから来日したカレン人家族を受け入れ、現在2家族11人が生活している。彼らは地域の日本語教室などで日本語を学んでいる。交流会には2家族から8人、多文化共生に取り組む市民30人が参加、カレン族の小学生4人が、日本語で作文を発表した。小学6年のS君は「日本では川と海で魚が取れる、カレンでは川魚しか取れない、日本に来ていろいろな魚が食べられてよかった」と日本の生活を振り返った(以上概要)。第三国定住に関しては、このブログでも再三取り上げ、在日ミャンマー人や、日本人、自治体との交流を深める必要性を取上げてきたが、その一端が今回の報道か。

2012年10月4日木曜日

(1605)第三国定住ゼロにFRJの見解

  FRJ(なんみんフォーラム)が10月1日発表した内容を紹介する。第三国定住プログラムによる難民受け入れ第3陣がゼロになったとの政府発表を受け、日本の難民(庇護希望者)を支援する組織の連合体である「なんみんフォーラム」は、今回の事態を大変憂慮している。ミャンマー難民3家族16人は、日本での生活準備のために研修を受けていたにも関わらず、全員が来日直前に辞退した。日本は2012年3月にパイロットプロジェクトを5年に延長することを決定。また日本政府は、昨年のUNHCR本部における閣僚会議で「日本に再定住した難民への支援プログラムを改善、充実させる」と誓約、国会でも「国際的組織や支援市民団体との連携を強化しつつ、庇護制度の確立、プログラムの充実に邁進する」と決議。今後、官民協同で実践していくべきと考える。

2012年9月26日水曜日

(1597)ミャンマー難民日本定住を辞退 今年度ゼロ

  タイの難民キャンプに住むミャンマー難民を受け入れる日本政府の「第三国定住制度」を利用して来日する予定だった3家族16人が、今月末の出発を前に全員辞退した。現地の支援団体によると、16人は今年度の来日を希望し、日本語を勉強して準備を進めていたが、「日本での生活に不安がある」などとして翻意。制度の利用者がゼロになるのは2010年度の開始以来初めて。政府は10月から来年度の来日希望者を募集する方針だが、「このままで新たな希望者を見つけるのは難しい」との声も出ている。少数民族系の武装勢力とテインセイン大統領は、和平協議を進めているが、一部では戦闘状態が続き、地雷が残るなど、安全面の理由から帰郷に踏み切れない難民が多い(以上)。ワッハッハ、いつの間にやら延べ読者が60000人突破、ありがとう!

2012年9月22日土曜日

(1593)ミャンマー難民の日本移住進まず

  9月15日、5時49分のNHKニュースは、標記の話題を放映した。日本政府の「第三国定住制度」を利用して、タイの難民キャンプから日本への移住を希望するミャンマー難民が、今年は3家族16人にとどまり、当初の目標を大幅に下回ることが明らかになった。日本政府は、「第三国定住制度」を一昨年から導入し、9家族45人のミャンマー難民を受け入れてきた。今年は対象となる難民キャンプを1か所から3か所に増やして、半年前から日本行きの希望者を募ってきたが結果は上記のとおり。このため3年間に90人のミャンマー難民を受け入れる当初の政府目標は大きく下回る。その背景について関係者は、第1回来日者の定住がうまくいってないとの情報が伝わったこと、および、ミャンマーでの民主化が進み、祖国への帰還を望む人が増えたことを挙げている。