2013年3月31日日曜日

(1783)ミャンマー衝突死者40人に、米大使館が警戒促す

  3月27日のCNN。ミャンマーで仏教徒とイスラム教徒の対立が激化し、26日までの1週間で少なくとも40人が死亡。ヤンゴンでも住民の間に不安が広がり、米大使館は、ミャンマーに滞在する米国人に警戒を呼び掛けた。ヤンゴンなど各地では、携帯メールやソーシャルメディアで、事実無根の噂が流れて住民の不安を煽り、ヤンゴンの主要商店街の店舗は、25日の営業を停止した。米大使館は、ミンガラ市場やショッピングセンターのユザナプラザ付近に近づかないよう米国人に呼びかけ、「警察官が大量に動員されている」と指摘。ミャンマー政府はメッティーラに非常事態を宣言したが、仏教徒の集団による放火が相次いでいる。テインセイン大統領は25日、「暴力を主導したり、暴力にかかわった者を摘発し、宗教にかこつけて衝突を煽った者を見つけ出す」と表明。

(1782)宗教衝突 ミャンマー不穏

  3月31日の朝日。見出しは標記以外に「仏教徒とイスラム教徒、相互不信」、「仕事戻れない」、「仕返しが怖い」、「民主化の基盤崩す恐れ」と並ぶ。ミャンマー中部のメイッティーラで、20日、仏教徒とイスラム教徒の住民が衝突し、死者43人、軍の小隊が各所に配置されている。メイッティラーは、英国侵略以前からインド系イスラム教徒が定住しており、人口28万人中1万3千人。この事件で焼かれた千戸の大部分はイスラム教徒の家かモスク。この事件をきっかけに、暴動が国内各地に飛び火中。30日付の国営紙によると、20日に起きた暴動は中、南部の計15か所に拡大、ヤンゴンでも襲撃の噂が流れるなど、不穏な空気が広がる。仏教徒によるモスク襲撃が拡大すれば、過激なイスラム勢力が台頭する恐れがある。一市民は「軍が統治すべきだ」との声も。

2013年3月29日金曜日

(1781)ミャンマー日刊紙解禁 報道現場進む民主化

  3月29日の朝日。民主化の進むミャンマーで、4月から民間の日刊紙が半世紀ぶりに復活し、各社とも記者を増やすなど急ピッチで準備を進めている。これまで日刊紙で、政府の「代弁者」だった国営紙も競争の波にさらされることになり、変革を迫られている。ミャンマーでは半世紀にわたって新聞の事前検閲が行われ、報道内容が制限されてきた。しかし政府は昨年8月、事前検閲制度を完全に廃止、現在週刊紙は約300紙もあるという。さらに政府は今月、民間計16紙に、4月1日からの日刊紙の発行を認めた。NLDのスーチー氏も、個人として許可を受け、党の機関紙を日刊にする。亡命者らによるメディア「ミジマ」も日刊紙発行に参入する。社長のソーミンさんは、「日刊紙は民主主義に欠かせない」という。USDP系の「ユニオンデーリー」も内容を変更する。

2013年3月28日木曜日

(1780)読了145冊目:「海を渡った故郷の味」

  発行はマッコーリー・グループ・ジャパン協賛・2013年2月、発行所は難民支援協会、104頁、全頁カラー写真、1500円+税。日本に滞在している各国の難民が、協力して作った珍しい本だ。故郷としては、チン3品、アゼリ4品、ネパール3品、クルド5品、スリランカ1品、バングラデシュ2品、ウガンダ2品、コンゴ民主共和国2品、カメルーン3品、カレン3品、カチン2品、イラン3品、パキスタン3品、ビルマ3品、エチオピア5品、合計15の故郷、39品の料理が選ばれている。料理を紹介した人は、いずれも難民であり、故郷で食べた味を思い浮かべつつ、日本でレシピを紹介している。彼等は現在は難民として日本で暮らしているが、大切な家族と囲んだ食卓があった筈だ。また、料理という世界共通の切り口から、難民問題を考えるということは、とても素敵な企画だ。

2013年3月27日水曜日

(1779)軍政下のミャンマーを活写

  3月26日の朝日、副題は「取材20年の宇田さんが写真集」、ミャンマーで20年以上取材を続けるフォトジャーナリスト、宇田有三さん(49)が2月、ヤンゴンで写真集を自費出版した。軍事政権下の厳しい統制をかいくぐり、全国各地で撮った貴重な写真193点が収められている。英語教師を辞めた後、1992年にミャンマーに目を向けるようになった。外国人ジャーナリストの取材が制限される中、入国を繰り返し、訪問は30回を超えた。03年と06年には長期滞在した。ミャンマーでは2年前の民政移管後、停滞していた人々の暮らしにも大きな変化が押し寄せている。多くの人に見てもらおうと、ミャンマー国内の販売価格を6000チャット(約600円)に抑えた。日本国内でも、部数限定で、3000円で販売する。問い合わせはinfo@uzo.netまで。早速、購入して見たい。

2013年3月26日火曜日

(1778)異国に生きる

  3月25日の朝日夕刊「窓」欄。「私たちは日本に永住するつもりはない。ビルマで民主主義が回復されたらすぐ一緒に帰国して、国づくりをするつもりだ」。チョーチョーソーさんの投書が朝日新聞の「声」欄に載ったのは1994年12月、それからさらに18年余、まだ帰国を果たせていない。日本で反軍政運動を引っ張ってきたので、迫害されないか確信はない。いま高田馬場でビルマ料理店「ルビー」を経営する。28歳だった青年は今年50歳、白髪も目立つ。その長い道のりを記録したドキュメンタリー映画「異国に生きる」が30日から東京の「ポレポレ東中野」で上映される。98年にようやく難民認定され、妻ヌエヌエチョーさんと再会する場面など印象的。土井敏邦監督のカメラは、ビルマの民主化問題を超えて、国とは、家族とは、という根源的な問いを投げかける。

2013年3月25日月曜日

(1777)ミャンマー関連情報2件

  ①ユニ・チャームミャンマー社買収発表(3月22日、日経電子版。ユニ・チャームは22日、ミャンマーの日用品大手、ミャンマー ケア プロダクツ(マイケア、本社ヤンゴン)を買収する。シンガポールに拠点を置く、マイケアの親会社の株式すべてを取得するほか、マイケァの株式10%も取得する。買収額は数十億円とみられる。マイケアはミャンマーでトップシェアの生理用品ブランド「EVA」を持ち、紙おむつでもユニチャームに次ぐ2位。日本企業がミャンマー企業を買収するのは初。②豪、防衛協力の制限を一部緩和 対ミャンマーで(3月18日、日経電子版)。ギラード首相は18日、オーストラリアを訪問中のミャンマーのテインセイン大統領との共同記者発表で、ギラード氏は「人道的活動や災害救助、平和維持活動分野で、防衛協力の制限を解除する」と発表した。