2012年7月31日火曜日
(1540)ミャンマー・サッカーチーム応援の思い出
ロンドンオリンピックが始まり、日本選手もほどほどの活躍をしている。私が力を入れて応援している種目は男女のサッカー、どちらも決勝リーグに進出すると聞く。ところで私は2003年5月のオリンピック予選で日本と対戦したミャンマーチームを2回応援に出向いた。5月1日は国立競技場、5月3日は味の素スタジアムで、ミャンマー側の応援席に陣取った。この席には、在留ミャンマー人とミャンマー大好き日本人が集まり、2回とも数百人が集まっていた。成績は1回目は3;0、2回目は5:0で日本チームの楽勝であったが、我々はミャンマー側のゴールのすぐ後ろにいたため、特にゴールキーパーをみんな大声で応援した。「アウン・アウン・ウー!」、「アウン・アウン・ウー!」と。ロンドンオリンピックのサッカーをTVで見ながら、今頃、彼は何を考えているのだろうか?
2012年7月30日月曜日
(1539)ASEAN会議、紛糾の背景には中国の存在感
7月30日の朝日新聞の「風」欄に、同社アジア総局長の藤谷健氏が、標記のような見出しで書いていた。今月半ばアセアン会議がカンボジア・プノンペンの平和宮殿で開催された。焦点は南シナ海だった。フィリピンとベトナムが中国と対峙した岩礁や排他的経済水域問題の言及を要求したのに対し、議長国カンボジアが2国間問題であると反対し紛糾した。日本や中国、米国が参加した12日の東アジアサミット外相会議、ここでも米国と安保協定を結ぶフィリピンが、中国批判を繰り返した。カンボジアには中国の代弁者との疑惑の目が向けられる(以上概要)。太平洋国家を自認する米国と海洋進出を強める中国。アセアンの内部はこの2国間のパワーバランスに揺れており、将来、議長国となるミャンマーは、どのように対応するのであろうか。推移を注目したい。
2012年7月29日日曜日
(1538)ミャンマーの新聞一覧
ウィキペディアで「ミャンマーの新聞一覧」を調べてみたが、日刊紙は下記の4紙。チェーモン(鏡):国営日刊新聞(ビルマ語)、ミャンマー・アリン(ミャンマーの光):国営日刊新聞(ビルマ語)、ニューライト・オブ・ミャンマー(国営日刊新聞(英語)、ヤダナボン(マンダレーの旧名で国営日刊新聞)(ビルマ語)マンダレーおよび上ビルマ地域の地方紙。一方、週刊もしくはジャーナル誌はアミィンティ(内務省特務局発行週刊新聞)(ビルマ語)初め19紙誌が紹介されている。さらに国外で発行されているミャンマー関連新聞としては、ミッツマニュース(Mizzima News)(亡命ビルマ人ジャーナリストによるマルティメディア紙(本部インド・デリー)他3紙が紹介されていた(以上概要)。国内発行の新聞・雑誌の検閲が今年3月に廃止され、民主化がスタートした印象が強い。
2012年7月28日土曜日
(1537)スーチー氏排除の規定あだ
世の中こんなこともあるんだなあ。7月26日の朝日新聞によれば、標記の見出しとともに「副大統領人事決まらず」の見出しが飛び込んできた。健康上の問題で辞任したティンアウンミンウー氏は守旧派の代表格で、テインセイン大統領と意見が合わないとされていたが、その後任としてやはり守旧派でヤンゴン管区首席大臣のミンスエ氏が推薦されていた。ところが彼の娘婿がオーストラリア国籍を取得していたことが判明。正副大統領の資格要件として、配偶者や子、子の配偶者は外国人または外国の影響があってはならないと憲法で規定されている。この規定は、夫や子供が英国籍のスーチー氏を正副大統領に就任させないために、設けられたと言われている。このような憲法項目を知らない議員が大勢いることには驚きだ。どのように決着がつくのか要注目。
2012年7月27日金曜日
(1536)船中八策 ⑦「ビザ」か「在留資格」か
いま朝日新聞の社説欄で、ミャンマー問題(1996年~2012年)に関連している記事を収集しており、現在のところ42件が得られている。その中で一つ気になるタイトルを見つけた。1999年4月7日の「ビザと命、どちらが重い」という外国人医療に関する社説。内容は日本に在留する正規の滞在資格を持たない外国人が、病気になった場合、国民健康保険に加入できないため、症状が悪化してから診察を受けるため、重症化し費用もかさむ。患者の足はますます遠のくが、「ビザ」よりも大切なものはあるというもの。文脈から見て、ここで「ビザ」を使うのは間違いであり、文中にある「在留資格」を使うべきと思う。本件は今日朝日新聞社の相談室に問い合わせ、返事をいただくことをお願いした。なおこの問題は今年7月改定の「在留カード」の問題にも関連している。
2012年7月26日木曜日
(1535)久しぶりのきらく会ビアナイター
「きらく会」というのは私が勤めていたライオン研究部のほぼ同期の集まりで、約60年間付き合ってきた仲間だ。平均年齢82歳ぐらいか、12人中4人が欠席、残り8人が極暑の中「ビアステーション恵比寿」に集合した。ここは恵比寿ビールの工場の跡地であり、子供のころ山手線に乗ってビール瓶の木箱を山のように積んであった風景を思い出す。恵比寿駅から会場までは「動く歩道」で繋がっており、足の悪い私には最高のもてなし。この「動く歩道」の管理者は誰だろうとの質問も出たが、誰もわからない。80代の老人の会合では、鳩山元首相や各大臣へのバカ呼ばわりに始まり、オスプレイの配置賛成とか、原発再開絶対反対など、あまり進歩は見られない。最後の方で、海外旅行(特にタイ・ミャンマー)の話が出たが、恵比寿でフウフウ言ってる私には無理だ。
2012年7月25日水曜日
(1534)テレビ放映 アジア最後のフロンティア
昨日夜7時のテレビで、アジア最後のフロンティア・ミャンマーという番組が放映されていた。出席者はハニーズ江尻社長と日経記者、最初はミャンマーの紹介で、高田馬場のビルマ料理店「ヤンゴン」も紹介されていた。最近軍政が民主化に舵を切り替えたため、日本を含む世界の企業も続々ミャンマーに進出し始めている。ハニーズは婦人服の店舗を世界に1200も有しており、従来中国が主な生産地であったが、人件費が高騰してるためミャンマー進出を決めた。いま従業員は370人だが、9月には千人、3年後に3千人を予定。従業員は真面目で識字率も高く、高品質の製品を出荷できる。日経記者は、ミャンマーはチャオピュー、ティラワなどの経済特区構想があり、地理的には欧州に近く輸出に便利。問題はインフラが未整備で、許認可に時間がかかる点。
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