2009年2月28日土曜日

(293)今週のビルマニュースは⑧

(2009年2月28日)
  BURMAINFOからのニュース(0908号)からの抜粋。 ★ビルマ軍政は6300人の囚人に恩赦を与えると発表。その中に23人の政治囚が含まれているが、なお2100人以上の政治囚が刑務所に。この恩赦に関し日本外務省は「前向きな動き」と評価し、国連事務総長やEUは全政治囚の釈放を改めて要請した。 ★米国国務省は現時点で対ビルマ経済制裁を解除する予定はないと表明。 ★NLDは、米国などによる経済制裁に反対していない旨表明。 ★報告書「サイクロン(ナルギス)襲来のその後~イラワジ・デルタからの声」が発表され、被災者への人権侵害の調査を国連安保理が国際刑事裁判所に付託せよとしている。 ★神奈川県警は核兵器などに転用可能な装置をビルマ経由北朝鮮に不正輸出しようとした北朝鮮系貿易商を捜査。 ★3月13日2時より五反田南公園にて、ビルマ人権の日記念デモ行進。

2009年2月27日金曜日

(292)ヤンゴン中西さんのブログ

(2009年2月27日)
  昨日のブログに書いた読売新聞の「ヤンゴン素描」に触発されて、ヤンゴン在住12年の中西修さん(ウイン日本語学校校長)のブログ「ミャンマー日本語学校ブログ」を久し振りに読んだ。彼も私同様毎日書いており(時に一日2回)、しかも文章がとても読みやすくおもしろい。今月24日:「お坊さんのDVDが大人気」、「ドル安チャット高をビールで実感」の2編、25日:「日本語能力試験合格発表、運命の日が近づき生徒達がそわそわ」。26日:「日本語能力試験発表、悲喜こもごもの話題」、そしてきょう27日:「ヤンゴンの不規則な停電の様子」、「有名経済誌の表紙に掲載された米ドル紙幣の写真について」など。読売の「ヤンゴン素描」はヤンゴン市民の閉塞感をバックに書かれていたが、中西氏のブログは、ヤンゴン在留市民として見たまま、感じたままを書き綴っており、対比すると面白い。ビルキチには絶対お勧めのブログだ。

2009年2月26日木曜日

(291)ヤンゴン素描を読んで

(2009年2月26日)
  STさんからの連絡で「ヤンゴン素描」という記事が読売新聞に3回連載されていることを知った。慌ててパソコンで検索したがこの種の記事は検索できない。読売新聞社に電話してみると近所の販売店で購入してほしいという、やむを得ず寒い中、販売店まで行き390円も支払っていま戻ってきた。(上)の内容は、バレンタインデーの日ヤンゴンでヒップホップの公演があり一万人以上の若者が陶酔し唱和していたが、軍政側による若者の不満のガス抜きと解説。(中)はヤンゴンでオバマ大統領の自伝が飛ぶように売れていて、閉塞感漂う市民が自国の「変革」も求めているというもの。(下)では世界不況の結果、2百万人といわれている海外労働者の一部が帰国し始め、送金は減少、不況の問題以前に仕事がないと市民が声を荒げたという。この連載を読んで、軍政下の閉塞し諦めきったヤンゴン市民の姿が浮かび上がる。

2009年2月25日水曜日

(290)きょうは水曜日 例によって

(2009年2月25日)
  きょうは水曜日、例によって忙しい一日だった。品川駅のコピーサービス店を覗くと親しいビルマ人女性の姿があり、きょう入管に呼ばれたので、提出用写真のコピーをしていたという。2人でバスに乗り入管に行き、写真のキャプションを書いてあげる。次に2階に上がるとすでに約束していた家族3人がいた。滞在延長のための書類提出であり、一緒に見守ったが無事延長許可となった。次に1階に戻り収容されているビルマ人4人との面会を申請し7階で面会、いろいろ相談に乗ってあげた。そのうちにBRSAの熊切氏が仮放免許可のビルマ人男性の保証人として来所、喜びを分かち合った。しばらくして依頼のあったビルマ人カップルが難民申請のため来所、6階に案内しここで無事難民申請手続きが終わった。今後は街中を堂々と闊歩できる。入管の玄関を出るとき13年前のビルマ知人と会いしばらくの間旧交を温めた。

2009年2月24日火曜日

(289)ウーシュエバのエッセー

(2009年2月24日)
  2月には在日ビルマ人のお祭りがいくつも続いた。私はその中で2月4日の連邦記念日の祭典と15日のチン民族のお祭りに参加した。その他の少数民族からもご招待を頂いたが、夜間が多く、よほどのことがない限り夜間の外出は健康上お断りしている。これらの行事の内容をウーシュエバが「頑張れ!連邦諸民族」のタイトルでビルマ市民フォーラム例会の資料に書いている。このエッセーの中でウーシュエバ本人と共に熊切BRSA副会長が第1回「チンランドとチン民族の友」賞をいただいたとあった。嬉しいことだ。ところで、いつも感心しているのがウーシュエバの文章、ユーモアを交え実に上手だ。ビルマ語が上手なのは在日ビルマ人に知れ渡っているが、一方、日本語文章の上手なことは日本中のビルキチ連に知れ渡っている。今回のエッセーもいずれ単行本に姿を変えて再び私の目に触れるであろう。期待してる。

2009年2月23日月曜日

(288)中曽根ガンバリ会談を批判

(2009年2月23日)
  中曽根外相と国連事務総長特別顧問のガンバリ氏は12日に日本で会談、その際来年実施される総選挙が国際社会に祝福される形となるよう軍政に働きかけることで一致した。中曽根外相は「ミャンマーの前向きな動きには前向きに対応することが重要」と述べた。これについてビルマの国民民主連盟(NLD)は、同党が圧勝して軍政が無効とした「前回90年の総選挙結果を尊重するとした国連の立場と異なる」、「前回の結果に基づく国会開会などのNLDの要求とも一致しない」などと批判した。私はこの批判は妥当であると思うし、日本の政治家の多くも、NLDの気持ちと同じだ思う。しかし国連の現在の姿勢は変わっており、常任理事国のロシアや中国は軍事政権を支援する立場を鮮明にしており、両国の姿勢は硬い。このためNLDの意向に同調したくても国連加盟国はみな立ちすくんでいるのだ。どうしたらよいのか。

2009年2月22日日曜日

(287)民衆を縛る恐怖心の鎖

(2009年2月22日)
  今朝の朝日新聞を開くと、「民衆を縛る恐怖心の鎖」という見出しでアジア総局の山本大輔記者の記事が大きく出ていた。ミャンマーは相互監視の国だから、政治的な話を避けるのがルールだと思っていたが、ルールを破ったのは彼女のほうだった。「世界に発信できる手段のある人に、どうしても聞いてほしい」という。「この国は変わらなければいけない。そう主張しただけで私の友達の兄は刑務所に送られた。家族たちも圧力をかけられ、仕事が出来なくなった」。「いま思えば07年のデモが民主化への最大の機会だったかもしれない」。ヤンゴンもサイクロンの被害を受け、路上販売の女性に当時の様子を気軽に話していたが、「軍政は復興支援に何かしてくれたか」と尋ねた瞬間、表情がこわばり、誰かを大声で呼んだ。突然の変化に驚き、危険を感じた私はその場を足早に離れた。恐怖心という鎖が見えた気がした・・・・という。