2015年10月31日土曜日

(2729)ミャンマー総選挙 候補者ら3人襲われけが

  10月30日のNHKニュース(9:07)より。11月8日に行われるミャンマーの総選挙にスーチー氏が率いる野党から立候補している候補者と運動員の合せて3人が、29日夜、ヤンゴン市内で数人の男にナイフで襲われ、投票日が迫るなか、自由で公正な選挙の実施への懸念が強まっている。民政への移管後初めてとなるミャンマーの総選挙は、旧軍事政権の流れをくむUSDPと、スーチーさん率いるNLDが激しい選挙戦を繰り広げている。NLDによると、候補者の男性が腕などを刺されて大けがをしたほか、運動員の2人も殴られて軽いけがをしたという。警察は、襲撃した3人の男を逮捕し、動機や背後関係を調べている。スーチー氏が暴動の危険性に言及するなど緊張が高まっている(以上)。民主化達成のためには、多くの障害が待ち受けている筈だ。

2015年10月30日金曜日

(2728)ミャンマー総選挙:敬虔な仏教徒、変革期待と不安も

  10月28日の毎日新聞より。11月8日の総選挙は与党USDPと野党NLD、そして地域ごとの少数民族政党が参戦し、三つどもえの構図となっている。中でもラカイン州は多数派である仏教徒ラカイン族の民族意識が強く、NLDの苦戦が予測されてきた地域だ。ラカイン州はロヒンギャが多く、「民主化」後の宗教騒動の震源地となった。2010年の前回総選挙では全国でUSDPが圧勝したが、ラカイン州では民族政党が過半数を制した。今回は二つの主要民族政党が合併、「アラカン民族党」として望んでいる。スーチー氏率いるNLDには強い逆風だ。しかしスーチー氏演説会場はどこも1万超の人並だった。会場ではスーチー氏がイスラム教徒を優遇するのか質問が飛ぶ。変革への期待と、イスラム重視政策への不安が、支持者の脳裏でも 相克している。

2015年10月29日木曜日

(2727)難民申請すでに5500人超 今年過去最多に

  10月29日の朝日新聞より。法務省によると、昨年に難民申請した人は前年より1740人ほど多い5千人だった。今年は10月半ばまでに5500人を超え、5年連続で過去最多を更新した。このペースで増加すれば年末には7千人に達する。国別では昨年はネパール、トルコ、スリランカ、ミャンマーの順に多く、この4カ国で6割を占めた。今年もネパールが最も多く、アジア諸国が中心。今話題のシリアからは数人だ。昨年の難民認定者はわずか11人、「人道的配慮」で在留を認めた人を含めても121人だった。認定が少ない現状には 国内外から批判が集まる。入管行政に詳しい安富慶大名誉教授は、「審査の業務が増えれば、本当に難民と言える人を速やかに救えない現状だ。保護する人数を増やすだけでなく、受け入れ後の 支援策も大切」と指摘する。

2015年10月28日水曜日

(2726)FT紙社説 ミャンマー総選挙は歴史的な一歩②

  昨日からの続き。NLDが大差で勝利を収めた場合、状況はややこしくなる。最近スーチー氏は「大統領でなければ、国を導くことはできないのか」と述べ、水面下で操ることをほのめかした。同氏はインドのソニア・ガンジー氏になぞらえることを拒んだが、スーチー氏の発言は、ほぼ無能だった新政権をガンジーが陰で操っていた当時の印度の不満足な状況と似ている。NLDが選挙に勝って十分な過半数を確保したなら、軍が憲法を改正してスーチー氏が直接大統領になれるようにする方がはるかに良いだろう。ミャンマーの軍部は権力から退く歴史をつくった。この点は称賛に値する。だが、総選挙や大統領選で勝つのは誰であれ、蜜月は短いであろう。軍が不確かな民主主義を譲り渡そうとしているこの国は、60年間に及んだ悪政による傷を背負っている。

(2725)FT紙社説 ミャンマー総選挙は歴史的な一歩①

  10月27日の日経電子版、FT(FINANCIAL TIMES)の社説より。ミャンマーは5年前とはまるで異なる国だ。以前よりもずっと世界との関わりを深め、抑圧が減り、必ずしも啓発的と行かないまでも市民社会が発展しつつある。来月この民主化プロセスがもう一歩進められる。同国で半世紀以上ぶりに本当の意味での民主的な総選挙が実施される。しかし憲法はスーチー氏が大統領になることを実質的に禁止。同国の選挙制度では、まず国会の形を決め、そこから次期大統領が出るであろう党を選ぶ。国会の両院と軍がそれぞれ副大統領を指名し、その中から国会が大統領を選出する。NLDが確実に勝つためには議席の67%を得る必要がある。NLDに明白な勝利が保証されている訳ではなく、現職のテイン・セイン氏が大統領に就く可能性はまだある。続

2015年10月26日月曜日

(2724)学生活動家、政治犯の解放を求めてハンガ-ストライキ

  10月26日のミャンマーニュースより。EREBENの報道によれば、ストライキは全ミャンマー学生連盟のAUN HMAING HSANN氏が、マンダレーのTHAYARWADY刑務所で始めたようだ。HSAN氏は「BA・KA・THA」のグループに属し、今年初めに教育法の改善を求める学生運動に参加し、政府によって逮捕された一人である。HSAN氏をサポートするグループは、「すべての政治犯の解放を」と書かれたTシャツを着て、マンダレーを行進した。学生グループは、政府がすべての政治犯を解放するまで、裁判所には出頭しないと表明している。テインセイン大統領によって、数百人の政治犯の釈放が実現した。しかしアムネスティによればミャンマーにはまだ100人以上の政治犯が収容されたままだという。過去1年間政府は取り締まり強化の傾向にある。

2015年10月25日日曜日

(2723)ソーシャルメディアで軍を嘲笑して逮捕

  10月21日のアムネスティのニュースよりミャンマー当局は、フェイスブック上で国軍の総司令官を小ばかにしたとして、活動家と若い女性を逮捕した。2人は即時・無条件に釈放されるべきである。平和活動家のパトリッククンジャリーさん(43)は、10月14日、ヤンゴンの自宅で逮捕された。罪状は総司令官のミンアウンライン上級大将の写真を、何ものかが踏みつけている画像をフェイスブックに投稿したことだ。その数日前、チョーサンディートゥンさん(22歳・女性)も同様に軍を小ばかにした記事を投稿したとして拘束された。フェイスブックに投稿しただけで何年も投獄されるのはあまりにも理不尽だ。当局は二人を即座に釈放し、起訴も取り下げるべきだ。適用される法律はまだ確定していないようだが、いずれの場合も起訴されれば、実刑数年の恐れがある。