2011年5月31日火曜日

(1113)スリランカの難民問題②

 スリランカの紛争は80年代にインド政府が介入、タミル人勢力に武器を提供、87年にインド・スリランカ間に和平協定が結ばれ、インド平和維持軍が駐留したが、LTTEが武装闘争を展開、1989年にプレマダサ大統領が就任するとインドの影響力を避けるためLTTEと休戦、インド平和維持軍は撤退。その後勢力を回復したLTTEがスリランカの北部、東部で実質支配権を握り、政府軍と戦闘を再開、同時にスリランカ政府の複数の要人の暗殺に関与したといわれている。02年ノルウエーの仲介でスリランカ政府とLTTEの間に停戦協定が結ばれたが、08年にスリランカ政府はこの停戦協定から離脱し徹底的にLTTE軍を殲滅、9年5月にLTTE議長の死亡で内戦終結、この間多くの難民が生じ、特にタミル人はスリランカ政府から迫害を受けているという。私は20年ほど前スリランカ南部を訪問したが、懐かしい国だ。

2011年5月30日月曜日

(1112)スリランカの難民問題①

  昨年の国籍別難民申請者数はミャンマー342人、スリランカ171人、トルコ126人、ネパール109人、インド91人。ミャンマーの場合、軍事政権対民主化グループ、あるいはビルマ族対少数民族の対立の構図がよく理解できるが、スリランカの場合はどのような構図なのか。スリランカはインドの西にあり人口約2000万人、74%がシンハラ人(仏教徒)、17%がタミル人(ヒンドゥー教徒)で1950年以降この二つの民族の紛争が続き、83年の内戦勃発以降6万人を超す死者を出している。1948年にスリランカは独立を果たし、シンハラ民族の二つの政党が政権を担当したが、その一つのSLFP(スリランカ自由党)が左翼政党と手を結び、シンハラ民族主義を強く打ち出して軍隊、警察など全行政組織を独占した。しかし次第に経済が悪化し党内が分裂その間LTTE(タミル・イーラム解放の虎)が力をつけた(続く)。

2011年5月29日日曜日

(1111)新政権による特赦 この落差は

  きょうのブログの番号は(1111)番、ちょっと楽しい番号だ。私の誕生日は11月11日、他人から誕生日を訊かれたら「いちいち、いちいち訊かないで」と答えている。今年の誕生日は西暦で11年11月11日に迎えるので、もう一つ「いちいち」を加えなきゃあ。そして9月11日と3月11日も忘れられない日だ。さて閑話休題、一昨日のブログ内容と昨日のブログ内容の落差の大きさにびっくりした。一昨日、ビルマ新政府による特赦について「国連とアセアンは今回の特赦を人権状況改善のための真剣な措置と認めないことを明確にすべきだ」というヒューマンライツウオッチの主張に対し、昨日の日本外務省の発表は「国民和解に向けた前向きの動きとして評価する」と。日本政府は中国によるビルマへの経済進出を恐れているのかしら。時あたかも昨日は外務省前でビルマ新内閣発足に対する抗議行動が行われた。

2011年5月28日土曜日

(1110)ビルマ今週のニュース(1117号)

  BURMAINFOのニュースから抜粋。 ★インセイン刑務所に収容されている政治囚のうち22人が、清潔な食事の提供など収容条件の改善を求めて22日にハンストを始めた。 ★26日テインセイン大統領が就任後初の公式訪問先の中国に到着。3日間滞在予定。 ★ビルマの人権状況に関する国連特別報告者キンタナ氏はタイでの8日間に及ぶ情報収集を終えて記者会見し、ビルマの少数民族居住地域で紛争が続き、軍事化に伴う深刻な人権侵害が広範に起きているにも係わらず政府は対処を怠っていると批判。 ★ビルマが16日に発表した減刑措置について、日本政府は20日、減刑により釈放された受刑者の中にNLD党員20数名を含む政治犯約50人が含まれているとされているとし、「国民和解に向けた前向きの動きとして評価する」という外務報道官談話を発表(以上概要)。最後の談話は問題だ。

2011年5月27日金曜日

(1109)ビルマ民政?政権の特赦は

  5月16日、テインセイン大統領が命令28/2011を発表し、全受刑者の特赦により、死刑を終身刑に減刑し、有期刑は刑期を1年短縮するとした。これに対しヒューマン・ライツ・ウオッチ(ニューヨーク)は、即日「ビルマ囚人の特赦は人権状況改善の公約を欺くジェスチャー、国連特使による全政治囚2100人の釈放要請には無反応」との声明を発表した。5月11日~13日にナンビア国連事務総長特別顧問(ビルマ担当)が新政権と話し合った際、「全政治囚の釈放が新政権の手ですぐ実施されなければならない」と強調したという。長期刑に服してる政治囚には、ザーガナー氏(喜劇俳優:35年の刑、サイクロン被害への軍事政権の対応の遅さを批判)、ミンコーナイン氏(元学生指導者、65年の刑)らがいる。国連とアセアンは、今回の特赦を人権状況改善のための真剣な措置と認めないことを明確にすべきだ。

2011年5月26日木曜日

(1108)懐かしかった 3年目の再会 

  不法滞在で入管に収容された外国人は、通常2週間前後で強制送還となるが、難民認定申請や、日本人との結婚を申請すれば通常数ヶ月の収容(審査)を経て在留を認められることがある。昨日会ったHさんは、08年12月に品川入管に入所、私は4回面会を続け、46日目に入管から結婚が認定され出所したビルマ人女性。ご主人は栃木県在住の日本人、これだけの関係だったが、お二人で私に再会したいという。もちろん私は喜んでお会いすることにした。私は品川入管総務課で2週前出した8項目の質問の回答がないことを確認した後、お二人と合流、いろいろ楽しく雑談、その際来月お二人がビルマに旅行することを知り、一緒に銀座にある「産経旅行」を訪問。ここは毎週入管前でパンフを配っている知人女性の職場で、私が前から気にかかっていた会社。各国の人が働く活気に溢れた中堅会社だった。

2011年5月25日水曜日

(1107)読みました 「難民キャンプの子どもたち」

  この本の著者は田沼武能氏(写真家、1995年日本写真家協会会長、03年文化功労者)、05年1月 岩波書店発行、新書版、196頁、1000円+税。題名を見たときにてっきりビルマ・タイ国境の難民キャンプの子供たちの写真集かなと思ったが、頁をめくっても「ビルマ」は出てこない、その代わり、第1部:パレスチナ、クルド、ユーゴ 第2部:インドシナ、アフガニスタン、第3部:ケニア、タンザニア、ニジェール、ソマリア、エチオピア、スーダン、ジンバブエ、モザンピーク、ルワンダ、コンゴ、ウガンダ、リベリアと続く。私の頭の中で難民とはビルマ難民という思い込みが強かったが、この本を読んで世界各地に難民がいる事を改めて知らされ、勉強になった。彼らの多くはまともな住居や食料がなく、やせ細った子供の鋭い眼差しが私を睨んでいた。現在難民は世界に2千万人以上いるといわれその半数が子供たちだ。