2015年10月7日水曜日
(2705)ヤンゴンの交通渋滞緩和へ、BRT 12月開業予定
10月7日のミャンマーニュースより。昨日はヤンゴン環状線の新車両のニュースだったが、今日はBRT(バス高速輸送システム)12月開業の話題。ヤンゴンでは渋滞問題を解決するためにヤンゴン市とJICAが「ヤンゴン都市圏交通マスタープラン」に基づいてBRTの整備を進めてきた。またBRTの開業に向けて、2014年にPUBLIC BUS社を設立。12月の開業に向けて、9月からバス停の工事が進められ、10月中には完成する予定。またBRTに使用されるバスは65台が手配ずみ。BRTシステムでは専用レーンと専用の停留所が設置される。支払いはICカードで行われるので、添乗員は同乗せず、ドライバーのみで運行される。関係者は 「ヤンゴン市街地を通過するには2時間程度要しているが、BRTシステムで大幅な時間短縮が見込める」 という。
2015年10月6日火曜日
(2704)日本譲渡の気動車 間もなくヤンゴン環状線で運行開始
10月5日のミャンマー・エクスプレスより。ミャンマー国鉄は日本政府が譲渡した気動車(RBE)19編成を10月上旬より順次ヤンゴン環状線に投入する。既存の列車はこのRBEに換えられていく。気動車は人員や荷物を載せる空間と、動力源としての熱機関を併せ持つ鉄道車両。ミャンマーではRBE(RAIL BUS ENGINE)と呼ばれる。譲渡されるRBE列車の座席数は1編成あたり370席。妊婦や身体障害者向けの優先席も設けられるほか、300人以上が立ったまま乗車できる。9月28日にはヤンゴン中央駅で、JR東日本鉄道と運輸省出席のもとRBEと鉄道技術についての授与式が行われた。受与式までに到着したRBEは6編成、残る4編成は10月末に9編成は16年4月に到着の予定。料金は従来と変わらず一人当たり2百チャット(約18円)。
2015年10月5日月曜日
(2703)ミャンマー全土停戦 先送り 一部の少数民族は先行署名
10月5日の朝日より。ミャンマー政府と少数民族武装勢力が交渉してきた全国停戦協定は4日、政府とカレン民族同盟(KNU)など一部組織だけが先行して署名することが決定。11月の総選挙までに成果を示したいテインセイン政権が「全土」での停戦を事実上見送った。政府と8組織は同日、ヤンゴンで協議し、うち7組織が15日にネピドーで署名式を行う予定。政府軍との戦闘が続くカチン独立機構(KIO)など他の7組織は、協議を欠席した。2月に政府軍と戦闘を始めたコーカンの武装組織などが協定に参加することを政府側が拒否、少数民族側は「全組織の参加」を主張し対立が続いていた。停戦に応じたのは主にタイ国境地帯の7組織。停戦により勢力地域の開発が進むことが期待される。なお政府側は、協定締結後も署名を受け付けるという。
2015年10月4日日曜日
(2702)難民申請:日本、認定に壁、根強い慎重論
10月1日の毎日新聞より。日本への難民申請は昨年5千人に上った。これに対し、認定されたのは11人、他に110人が「人道配慮」で一時的在留を認められたが、「難民認定率」は1%に満たない。原因の一つは「難民」の解釈にある。1951年に採択された難民条約は、難民を①人種、②宗教、③国籍、④特定の集団の構成員、⑤政治意見・・・を理由に迫害を受ける恐れがある人などと定義している。近年は紛争から逃れてきた人を難民とみなして保護する国も多いが、日本は条約の定義に当てはまらない人は難民と認めず、「迫害の恐れ」の有無も厳格に審査している。滝沢三郎氏は、難民を非難先以外の国が受け入れる「第3国定住」の活用や、留学生としての受入れを提案し、将来母国を再建する人材を育成するのも国際貢献ではないか」と話す。
2015年10月3日土曜日
(2701)(地球を食べる)民族の微妙な違いが料理にも
10月1日の朝日電子版より。ラカイン州の州都シットウエ―で取材を終えた後、現地記者がモンティの店に連れて行ってくれた。モンティとは同州に暮らす少数民族ラカインの緬料理で、ラカインモンティと呼ばれる。ラカインの代表料理だが、実はビルマ族の有名な緬料理モヒンガ―とよく似ている。お店の人に作り方を聞いたが、ほとんど一緒だった。ただ最大の違いはスープのだしに使う魚で、ラカイン族のモンティが海水魚を使うのに対し、ビルマ族のモヒンガ―は淡水魚。ラカイン族がベンガル湾の沿岸を中心に暮らしてきたのに対し、ビルマ族は中央部のイラワジ川流域に王朝を築いてきた。ラカイン山脈が隔てるそんな風土の差が、似て非なる二つの緬料理を生み出した。この他、シャンカウスエもある。多民族国家ミャンマーに暮らす醍醐味の一つだ。
2015年10月2日金曜日
(2700)EUの選挙監視団、先遣隊がミャンマーに到着
10月2日のNNAニュースより。ミャンマーで11月8日に行われる欧州連合〈EU〉監視団が到着したことが分かった。9人の先遣隊が9月26日に現地に入った。EUがミャンマーに選挙監視団を派遣したのは初めて。EUの声明によると、監視団は総勢101人で、30人の長期監視団は10月7日、62人の短期監視団は11月2日にそれぞれミャンマーに到着する。総選挙実施後、監視団は48時間以内に評価を声明として公表する予定。後に最終報告書を作成するという。監視団の団長を務める欧州議会副議長のアレキサンダー・グラフ・ラムスドルフ氏は「総選挙はミャンマーの民主主義を強固にするための重要な機会となる」と指摘した。EUは8月総選挙に監視団を派遣することでミャンマー政府と覚書を結んでいた(以上)。与野党とも「正々堂々」を望む。
2015年10月1日木曜日
(2699)ウェブ写真集 戦後70年に学ぶミャンマー白骨街道のいま
今年3月の発表であるが、あえてここに紹介する。無謀なインパール作戦で多くの日本兵が亡くなった退却路の一つに読売のカメラマンが入り、約20枚の写真を公開した。場所はチン州のティディム村の近くの「白骨街道」。インド国境から約10キロの地点で、日本軍の小型戦車、中型戦車の残骸が目につく。大部分は鉄くずとして売られたらしい。直径約10センチの砲弾や、銃剣も。また「イナバ」という名前が掘られた飯盒や、「九八」と読める水筒、そして星のマークの鉄兜も。また教会では火薬を取り除いた砲弾が鐘の代わりに使われ、遺品の中には「成田山」のお守りもあった。いずれも近くの住民が保存してくれていた。戦後70年経った今でも日本兵の遺留品が数多く残され、日本に帰れない遺骨が眠っている。日本の若者よ、この写真集を見てほしい。
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