2011年1月28日金曜日

(990)難民認定審査の処理期間は6ヶ月

(2011年1月28日)
  最近の法務省の発表によれば、難民申請案件について、平成23年3月末までに、原則的にはすべての案件が、6ヶ月(標準処理期間)で処理できるように努めることとした。平成22年7月から4半期ごとに難民認定審査案件についての平均処理(審査)期間は次の通り。第3四半期(22年7月~9月)は12.6ヶ月、第4四半期(22年10月~12月)は14.4ヶ月、(参考:22年1月~6月は13.4ヶ月)(以上概要)。この発表によれば、この1年間の処理期間(難民認定申請してから決定までの期間)はだいたい12~14ヶ月かかっているが、今年4月以降は6ヶ月に短縮しようというもの。これらの数字を見る限り無理と思えるが、果たして本当に可能なのかしら。難民認定申請中は就労不可であり、その間、彼らの生活は惨めだ。短縮されることは喜ばしいのだが、何かヘンな奥の手が使われるのでないか、気にかかる。

2011年1月27日木曜日

(989)難民申請中のビルマ人女性の動静

(2011年1月27日)
  昨日は恒例の品川デートの日、面会受付で懐かしいビルマ人女性Aさんに会った。牛久に収容されている彼女の知人Bさんが、品川入管でインタビューを受けるので、その機会を利用して面会するという。牛久と品川間はたぶん車での移送で、手錠、腰縄での往復であろう。インタビューが必要な収容者をなぜ品川入管から遠くの牛久入管に移したのか一度聞いてみたい。さて、昨日面会を予定していた6人のうち1人(Cさん)が体調不良で面会できなかった。聞けば血圧が190まで上がったようで心配だ。よっぽどストレスがたまっているのだろう。帰途4階の会計窓口に行き、Dさんの仮放免保証金30万円の小切手を貰った。帰宅途中電話が鳴り、牛久入管に収容されているEさんから、彼女宛に贈った日本語テキストが到着したとのお礼の電話だった。帰宅するとFさんからの電話、マンションの保証人を依頼された。

2011年1月26日水曜日

(988)最近ビルマ人からの悲鳴が多い

(2011年1月26日)
 最近、在日ビルマ人からいろんな疑問や悲鳴が聞こえて来る。「スーチーさんは今後どうなるの?」 「日本政府はビルマへの経済制裁をどう考えているの?」 「日本政府はビルマの新政権を認めるの?」 「ビルマは将来軍事大国を目指しているの?」 といった政治的な問題や、「私は品川の東京入管から、牛久入管に移されたけどどうしてなの?」 「私は入管に二回収容されたが今後どうなるの?」 「品川入管に収容されてもうじき4ヶ月になるけど仮放免はいつ認められるの?」 「難民認定申請書や異議申立書に何を書いたらいいの?」 というような具体的な難民申請関連のもの。あるいは「難民の子はいつまでも難民なの?」 「難民の子はサッカーの日本代表にはなれないの?」 「難民事業本部や難民支援協会は何するところなの?」 以上さまざまであるが、適切な情報が彼らに届くような努力が今後も必要。 

2011年1月25日火曜日

(987)タンジンウーさんに深い敬意を

(2011年1月25日)
  日本のNLDのリーダーというか、日本でのビルマ民主化運動のリーダーであったタンジンウーさんが、このたび議長職を辞められたと聞く。彼の父上は、ビルマNLDの副議長であり、場所は違うが、父と子でビルマ民主化のために戦ってこられたことに深い敬意を表したい。私は彼とは、水かけ祭りやビルマ人同士の結婚式などでときどきお話をしてきた。これまで数々の難局にあたり毅然とした態度で処理して来たのは見事だった。実は私は奥さんともいろいろ話したことがある。というのは、奥さんはミンガラ日本語教室の最初のころの生徒であり、少々お茶目なところがあって楽しい方だった。いま98年6月の写真を見ているが、彼女をはじめ30人のビルマ人生徒が上野公園を散策して、動物園のパンダやビルマから寄贈されたパゴダを見学したり、アメヤ横丁で買い物をしたり、楽しいひと時を過ごした思い出がある。

2011年1月24日月曜日

(986)ビルマ今週のニュース(1103号)

(2011年1月24日)

  BURMAINFOのニュース1103号から抜粋。 ★インドネシアで開かれたアセアン非公式外相会議でビルマに対する制裁の解除・緩和を欧米に求めることで一致した。また、国民民主勢力(NDF)や複数の少数民族政党なども制裁解除が望ましいとの見解を表明。 ★NLDのウィンティン氏は軍政高官を対象とした金融制裁はこれまで通り支持し続けるがその他の制裁はまず国民への影響を調査すると発言。 ★クリントン米国務長官は電話でスーチー氏と会談、民主化を求める氏を応援すると約束した。 ★入管が難民不認定を不服として裁判中の在日ビルマ人原告に対して「裁判を取り下げ難民認定の再申請をすれば在特を与える」と弁護人を通さず打診、在特には難民認定より生活上の制約が多いものがある。 ★「人権のための医師団」はチン州での人権侵害状況について発表。92%が強制労働の由。

2011年1月23日日曜日

(985)江田法相の難民・入管問題に関する考え

(2011年1月23日)
  菅内閣の法相は柳田法相から仙石官房長官の兼任、そして今回の内閣改造で江田五月氏(前参議院議長)という大物に代わった。全難連経由西中氏の連絡によれば、1月18日と21日の法相の記者会見では以下のように発言。◎日本は難民に対して大きく門戸を開く国になりたい。一方厳正な審査も必要。◎毎日新聞報道の「難民認定訴訟、入管が在留取引打診」について、裁判が嫌だから横から手を入れるのは正道ではないが「在特」で救済できる場面があるかもしれない。◎昨年10月に民主党内に作られた「難民問題プロジェクトチーム」については、いま、どういう議論がされているのか承知していないし、党の方と調整する予定もない・・・と。西中氏は再収容、仮放免、在特基準の見直しなどの難民・入管問題には切迫した意識が弱いので、弁護団やNGOは、2・3月中に働きかける方がよいと提言した。

2011年1月22日土曜日

(984)徴兵制ってホント?(後藤氏ブログ)

(2011年1月22日)
  現在、ビルマでも日本でも、ビルマ人の関心は「徴兵制」にあるようだ。この話題は本ブログ(980)でも取り上げたが、私が品川入管で面会していてもこの話題で喧々諤々、彼らの年齢はだいたい徴兵適齢期に合致しており、自分自身のこととして気にしている。そこで友人後藤修身氏のブログを覗いてみた。それによると、一般の軍務の場合、男性は18~34歳、女性は18~26歳で最長2年間、技術系の軍務(医者や技術者)の場合男性18~44歳、女性18~33歳で最長3年間、免除される人は、宗教関係者、主婦など、延期できる人は、公務員、学生、囚人など。ビルマの場合、実際に国内で少数民族と戦っており、彼らのショックは大きい(以上概要)。私の場合、あと2・3年早く生まれていたら「赤紙」で徴兵され、どこかで戦死していたかもしれない。幸い板橋の造兵廠で鍛造工をしてるとき終戦を迎えた。