2011年1月14日金曜日

(976)悲しみと涙の川エヤーワディー

(2011年1月14日)
  母国の圧政を逃れ、日本で暮らすビルマ人の手による軍政告発の映画「悲しみと涙の川エヤーワディー」が完成し、インターネットでの無料公開が始まっている。軍政下の母国へは二度と帰国できなくなることを覚悟した上での労作だ。監督はティッ・ター氏、舞台は08年5月のサイクロンで10万人以上の犠牲者を出したエヤワディー川流域だが、この地と似ている千葉県流山市で撮影。私はあるビルマ人からこのDVDを戴き一生懸命見た。出演、スタッフは74人、出演者はみんな素人で、完成に1年4ヶ月かかり、制作費は86万円・・・信じられない安さだ。ストーリーもよかったが、それとは別に私が注目したのは出演者たち。画面に現れる多くの人とは旧知の間柄であり、日ごろの立ち居振る舞いを知っているだけに、俳優としての素質があることに目を見張った。実に新鮮な驚きであった。多くの方に見て貰いたい。

2011年1月13日木曜日

(975)圧政のテーマパーク

(2011年1月13日)
  朝日新聞夕刊に「窓」という欄があり「論説委員室から」という副題がついている。きょうの見出しは「圧政のテーマパーク」というもの。ビルマでは今月末に国会が召集される。昨年11月、20年ぶりに実施された総選挙を受けて、軍事政権の翼賛政党が約8割の議席を占める。選挙区と当選者名を見て苦笑した。トゥラ・シュエ・マン大将ら軍政序列3位~5位の元軍人が立候補した選挙区がいずれもネピドーだったからだ。この新首都の住民は約20万人、そのほとんどが軍人か公務員、つまり軍の候補者は絶対に落選しない選挙区なのだ。ほとんど車の通らない8車線の道路が24時間照明され、巨大なパゴダや宝石博物館、動物園が建造され、さながら圧政のテーマパークだ。国名をビルマからミャンマーに変え、首都も国旗も変えた。この際指導部も変えて、人心を一新すれば3代世襲の国よりはまし、と言われよう。

2011年1月12日水曜日

(974)水曜日 時間間違えたけどいいことも

(2011年1月12日)
  きょうは水曜日、朝、メールで翻訳チェックの依頼が飛び込んできた。一応チェックは済んだが、返信する時点でパソコンが突然動かなくなった。入管に行く時間が刻々迫ってくる、なんだかんだでやっと返信できたが、バスの時間にはあと5分しかない。マフラーを首に巻きコートを着てバス停に。やっと津田沼駅に到着したが、なんだか様子がヘン、いつもより1時間も早く津田沼駅を発車したのだ。当然のことながら入管にも1時間早く11時に着いてしまった。トシはとりたくないと悔やんでいると、「西田先生」と声をかけるビルマ人女性が。Aさんといって10年以上前に私の職場の1階にあった「レストランビルマ」の従業員だった。幸い私は1時間も余裕があったので積もる話を続け、実に嬉しかった。もし、1時間早く来なければ彼女との出会いはなかった筈だ。この後7人のビルマ人女性と面会し、悩みごとを聞いてあげた。

2011年1月11日火曜日

(973)スーチーさん 「ビルマからの手紙」寄稿

(2011年1月11日)
  スーチーさん(65歳)は7年半ぶりに自宅軟禁を解かれたのを機に、毎日新聞に「ビルマからの手紙」を寄稿し、連載が13年ぶりに再開される。 「手紙」はスーチーさんが軟禁解除後初めての長期エッセーで、大きな試練に直面した民主化運動をどう進めていくのかを示唆する記録にもなる。1回目では、軟禁中の1年ほど前から始まった自宅の補修を引き合いに、思うように進まない当局側とのやり取りや、今日を懸命に生きることの大切さなどにも触れている。毎日新聞は、1995年11月~96年12月に「ビルマからの手紙」(52回)、97年1月~98年6月に「新・ビルマからの手紙」(16回)を連載した。この「手紙」は世界各国で翻訳され、国外に住むビルマ人社会で「祖国の文化と伝統を子どもに教える教材」としても利用されてきた。今後月に1回のペースで寄稿が続く予定。ビルマが今後どう変わるか興味が沸く。

2011年1月10日月曜日

(972)ビルマの「選挙」とメディアの危うさ

(2011年1月10日)
  「すばる」2月号に秋元由紀さん(上智大学卒、ニューヨーク州弁護士資格取得、ビルマ情報ネットワークディレクター)が標記のタイトルでエッセイを寄稿していた。軍政は実に巧みにメディアを利用しているというのだ。総選挙の実施に続きスーチー氏を7年ぶりに解放するという二つの重大な動きがあリ、日本でも大きく取り上げられた。軍政が国民に選ばれたという儀式を通過したかったからだ。統治者としての正当性を手に入れれば安泰と考えたのだろう。「選挙」といえるか怪しい手続きで「選挙した」という既成事実を作り上げたのだ。スーチー氏の解放も軍政の柔軟化や妥協を示すものではない。それなのに前日までは選挙が自由公正でなかったことを批判していたメディアが、一転してスーチー氏の一挙一動を追いかけ選挙を過去のものとした。今後軍政は「選ばれた政府」として体制作りを進めていくとしている。

2011年1月9日日曜日

(971)ビルマ今週のニュース(1101号)

(2011年1月9日)

 BURMAINFOのニュースから抜粋。 ★タンシュエ上級大将はビルマの支配を狙う外国勢力に警戒するよう国民に呼びかけた。 ★昨年11月の総選挙結果に基づく議会の召集は1月中旬から下旬との非公式情報。 ★マグウェ管区ガンゴー郡で天然ガスが見つかったと国営紙が発表(中国企業シノペックとの共同開発)。 ★NLDは外国投資を受け入れる場合の指針を発表、社会・環境影響への配慮、労働者の権利の尊重、雇用の創出、最新技術を使った投資、の四つ。 ★カレン州南部やシャン州南部で国軍と少数民族武装勢力との散発的衝突が続く。 ★アラカン州ではアラカン解放軍と国軍が衝突、双方で5人が死亡。 ★昨年末にタイに避難していたカレン民族166人にタイ当局が帰国を強制、UNHCRが懸念を表明した。以上、このほかにビルマ軍事政権が男女全国民に徴兵制を決めた(阿部氏提供)。

2011年1月8日土曜日

(970)ヤンゴン おつりはボールペン

(2011年1月8日)
  今朝の朝日にヤンゴンのレストランで食事をして料金を払うと「お釣りがないので、これで」とボールペンを1本渡されたという記事が載っていた。流通している500チャット以下の小額紙幣はいずれもいくらの札が分からないほど手垢で汚れている。レストランの女性店員は「今年に入って小額紙幣がさらに少なくなった」と話す。苦肉の策としてお釣りが50チャットならティッシュ1個、100チャットならボールペン1本を客に渡している。大変なのがバスだ。客に終点まで乗ってもらい、事務所の金庫から小額紙幣をかき集めておつりを渡すこともあるらしい。「この国はいずれ物々交換に逆戻りするかもね」。市民からそんなボヤキが上がる(以上概要)。私が十数年前ヤンゴンを訪れたときも小額紙幣の汚さにビックリしたことがある。手垢が染付いており触るのも躊躇したくなるほどだったがこの状況がまだ続いているとは。