2011年1月7日金曜日

(969)U MINGALARそして西田敦という名前

(2011年1月7日)
  私の名前は西田敦だが、ビルマの名前はU MINGALAR。ビルマ人には圧倒的にU MINGALARの方が有名だ。顔は知らなくても、名前を聞いたことがあるというビルマ人は驚くほど多い。嬉しいことだ。インターネットでU MINNGALARで検索すると、私のブログ「U MINGALARのつぶやき」が次々と現れる、これまた嬉しい。それでは日本語の名前はどうだろう。敦は一般的には使われない漢字であり、同姓同名なんかいないものと思っていた。インターネットで西田敦を検索すると、あにはからんや同姓同名がウジャウジャ。真の私の名前も数箇所で発見したが、例えば大阪の弁護士、どこかの右利き投手、09年いなさゴルフクラブの優勝者、西田製菓の社長、耳鼻咽喉科医師、東大化学システム工学修士、大分県水泳競技大会参加者、北大資源化学研究室、奈良の写真家、乃村工藝社社員、その他多数。

2011年1月6日木曜日

(968)今年初めての面会活動 相変わらず・・・

(2011年1月6日)
  昨日は今年初めての水曜日、ということは今年初めての面会活動日、いつもより早く11時に入管に到着、所用をすませて1時に面会控え室に。その際70歳前後と思われる婦人を背負った40歳ぐらいの婦人が入って来た。聞くと腰が痛くて歩けないという。私はすぐ係官に車椅子を用意してあげたらと伝えたが、そういう前例がなく車椅子はないという。あたりはほとんど外国人であり、日本人としてとても恥ずかしく思った。さて昨日の面会は7人、いろいろ頼まれたが、その中で、同室のケニア人がなにも分からないので助けてあげてほしいという訴えもあった。面会終了後、いろんなビルマ人と会い情報を交換し合った。帰途錦糸町駅でビルマ女性と落ち合う約束だったが、うっかり居眠りしてしまい二駅乗り越し、慌てて戻って15分遅刻、仮放免延長の書類にサインして渡し、エビバーガーを食べながら楽しく雑談した。

2011年1月5日水曜日

(967)日本企業もミャンマーへ

(2011年1月5日)
  昨日、一昨日と立て続けにミャンマー経済についての新聞記事を紹介したが、きょうは読売新聞朝刊に標記の見出しが目に付いた。民政移管後の規制緩和をにらんで、各国が進出を活発化させる中、日本勢も今年、ビルマ市場の本格開拓に乗り出す。日本貿易振興会(ジェトロ)バンコクセンターが中心となって、手始めに、隣国タイに集積する日本企業による物産展やミッション派遣、消費調査を実施し、「未開市場」への浸透を図るというもの。ビルマは一人当たりのGDBは約600ドルしかないが人口は5000万人と多く内需の潜在力は高い。日本勢の第一弾は、1月中旬、調味料や加工食品など在タイ十数社による「販路開拓ミッション」を派遣し、ミャンマー企業との商談会などを行う。4月以降はヤンゴンで「ジャパンフェスティバル」を開きテレビや冷蔵庫など家電を中心に地場取引先を開拓する。頑張れ日本!

2011年1月4日火曜日

(966)ビルマ投資 中韓急増 悩む日本企業

(2011年1月4日)
  昨日はネットサーフィンで見つけた「チャイナプラス1」なる言葉を紹介したが、今朝の朝日にも同じ言葉が載っていた。軍事政権の独裁が続くビルマに、中国や韓国などからの投資が増大しているが、日本企業は新たな投資に及び腰、しかし既に進出した企業は現地生産を拡大しているという。投資は軍政を助けることになりかねないが、他国に遅れを取れば機会を逃してしまうというジレンマがある。昨年4~8月のビルマへの海外投資は1兆3千億円で88年から09年までの総額をこの5ヶ月間で受け入れた計算になる。天然ガスなど資源関連が目立ち、特に中国、香港、韓国、タイからが多かった。日本は約50社が進出しているが、安定しない電力や突然変わる政策などを嫌い、01年以降新規の投資はない。なお阿部さんから受信した1月1日の日経新聞も、ビルマが経済に軸足を移してる旨を伝えていた。

2011年1月3日月曜日

(965)アジア最後の未開拓市場

(2011年1月3日)
  ネットサーフィンをしていたら「ミャンマー『秘密首都』を歩く」という時事通信の9回連続のルポがあり、そのなかに標記の見出しでビルマの経済状況をを紹介する記事が目に飛び込んだ。ビルマはチャイナリスクを嫌う企業にとり、中国市場を補完、代替する「チャイナ・プラスワン」候補地として存在感を増している。ビルマは人口約5700万人、国土は日本の1.8倍。チーク材や天然ガス、ルビー、サファイヤなど天然資源が豊富だ。在ビルマの日本人駐在員は「ビルマはタイやベトナムに追随できる潜在力があるという。「世界の工場」中国への過度の集中が進んだ結果、反日デモや尖閣諸島問題といった問題が起こると生産計画が麻痺するというチャイ・ナリスクに曝されやすくなる。ビルマの工場労働者の労賃は月約3千円でベトナムの約3分の一。民間レベルでの対日感情の良さと仏教徒の価値観もプラスだ。

2011年1月2日日曜日

(964)「天声人語」をもじった「天声新語」に挑戦

(2011年1月2日)
  朝日新聞の「天声人語」欄はあまりにも有名な随筆欄であり、過去大学入試にも多数応用されている。最近朝日新聞社は「天声人語」欄と全く同じスタイルで、一般から随筆を募集しており、名づけて「天声新語」という。応募のルールは620字から628字と決められており、現在の課題は「ごちそう」。応募作品は、天声人語欄のベテラン記者が読んで優秀作品を選び発表するという。私は2011年元旦というよき日に書き上げ送信してみた。私のブログ「U MINGALARのつぶやき」は字数370字前後の随筆であり、腕だめしにはもってこいの企画であった。今回私が発信した内容は「難民申請中の貧しいビルマ人夫婦の自宅に招待されたとき、一杯のモヒンガーをご馳走になり、その上お二人のおのろけ話を聞かされて、帰り際についご馳走様と言ってしまった」という話。募集は年数回あるのでその都度挑戦したい。
  

2011年1月1日土曜日

(963)1年の計 昨年と比べると

(2011年1月1日)
  1年の計は元旦にあり、さてさて昨年はどうだったかな。2010年元旦のブログ(600)を見ると、総選挙によって民政政権誕生を体験できる貴重な年であり、私自身の難病との対決の年と書かれていた。5月に「自分史」の発行、12月に「入管」、「難民」、「ビルマ問題」のテーマ別ブログ集の3部作の発行、毎週水曜日の東京入管でのビルマ女性難民への面会活動、さらには毎日のブログ発信などもちゃんと書いてあった。この中で3部作の発行は実際には5部作に増えており、新聞見出し集の作成を含め、昨年元旦の計はほぼ完了している。さて今年の計画はどうであろうか。まず難病との対決であるが、背中の痛みは確実に増大しており留意したい。3月までにテーマ別ブログ集は7部作とし主要関係者に贈呈したい。ブログの連日発信、毎週の入管訪問活動は継続する。以上戦線を順次縮小整理していく。