2009年11月14日土曜日

(552)家庭経営チェックの第5弾 健康

(2009年11月14日)
  歳をとると健康問題が切実な課題となる。私の場合、例の背骨の「黄色靭帯骨化症」がどうしても気になる。この背中の痛みは去年の11月から続いたので、この対策のためにニトリで電動式リクライングソファーを7月に購入し、使ってみると痛みは嘘のように消えた。このソファーは背もたれが後ろに倒れ、足の部分がどんどん前に飛び出し、ほぼ水平の状態に。昨日のニュースでANAの1等席にはこの種のリクライングソファーが装備されたと報じており、まさに1等席気分。ただ、このソファーの欠点は大の字で寝られないこと。そこで前々から目をつけていた背もたれが上がる電動リクライングべッド(一見通常のベッド)を購入。一昨日我が家に納入されたので、喜び勇んで一晩使ってみると背中が痛い、昨晩も就寝直後から痛みを感じ、結局もとの木阿弥でソファータイプのほうを使って寝た。痛みは感じない!良かったっ!

2009年11月13日金曜日

(551)今日ひとり仮放免 保証人は私

(2009年11月13日)
  一昨日の11日に入管の仮放免担当課から一人のビルマ人女性を13日に仮放免で出所させるが保証人である私の都合はいいかとの問い合わせがあり、私はOKと返事した。その際担当者は本人には仮放免OKとは言わないようにと釘をさされた。以前はこんなことは言われなかったが、何か事故でもあったのかしらと気にかかる。私は今日午後1時に担当部署に顔を出し、会計課で書類をもらい田町の日本銀行代理店へ、そこで保証金30万円を支払ってその領収書を受け取り、再び会計課、仮放免担当課へ。約2時間待たされ、4時近くにやっと彼女が大きな荷物を持って現れた。その際担当官から仮放免許可証が渡されいくつかの注意事項が言い渡された。その後私は雨の中彼女のアパートのある上中里駅まで送り届け、彼女の知人にバトンタッチ、私は帰途についた。このような仮放免の仕事は後2人残っている。

2009年11月12日木曜日

(550)品川入管での日本語教室

(2009年11月12日)
  品川入管には現在19人のビルマ人女性がおり、2ヶ月~4ヶ月前後収容され、出る人、入る人で日々交錯している。私は本年1月以降86名と接しているが多くの人が時間をもてあましている。そこで私は彼女らに日本語の学習を勧めており、通常のコースは、①日英緬辞書の差入、②漢字テキスト3級、4級の差入、③3級・4級の日本語能力試験問題の差入れ、④同解答結果の宅下げ(返却)、⑤同採点結果の差入れを実施中。このほか要望に応じて、あいうえおテキストや2級、1級問題を差し入れている。いま6人から3級と4級の試験問題が戻ってきて採点中だが、6人はいずれも90点以上の好成績。早めに返却する人は自信のある人であり、この好成績は当然といえば当然。ただ当方の悩みはバラバラに入所し、バラバラに出所すること。いま誰に何を渡したか提供教材の配布一覧表を作成している最中だ。

2009年11月11日水曜日

(549)今日は誕生日 81歳だ!

(2009年11月11日)
  1928年11月11日生まれ、今日は81歳の誕生日だ。ただ今日は水曜日なので、恒例の品川入管面会日でもある。10時半に家を出て一路品川へ、12時過ぎに受付に到着したが、場所取りの意味で受付台の前の床に各自のカバンや傘が並んでいた。私も前の人に習ってカバンと傘を並べ、後ろの椅子に座って順番を待った。面会そのものは順調に進み、予定の10人と面会、体調を崩していた2人も今日は笑顔だった。帰途、3階により、「来年ビルマに民政政権ができたら 多くのビルマ人は帰国させられる」という噂について聞くと一笑に付された。そのあと6階によったところ私が保証人をしている某女史は明後日仮放免OKとのこと、喜んでその旨を彼女の友人に連絡、とても喜んでくれた。帰途ケイタイを見ると「誕生日おめでとう」のメールがたくさん入っていた、家に帰ると妻の笑顔と極上の寿司が待っていた。

2009年11月10日火曜日

(548)平和の翼 大空高く舞って

(2009年11月10日)
  今日アウンミャッウインさんから中尾先生を通して「平和の翼」(2009年11月号・Vol.7)を戴いた。この雑誌は、以前牛久の入管に収容され、難民として認められたあとミンガラ日本語教室で勉学し、さらにその後兵庫県の関西学院大学の難民枠で入学されたアウンミャッウインさんが創刊したもので、いまや30人前後のスタッフを擁するしっかりした出版グループに成長している。今回の特集を見ると、「牛久(品川)入管で起きていること」を牛久入管収容所問題を考える会の田中代表がまとめ、「難民と言わないで」というテーマを大村入管被収容者を支える会の野崎代表がまとめている。一方、私は「U MINGALARのつぶやき」というタイトルで、毎日発信しているブログから抜粋して入管問題や、難民問題を論じた。1冊で牛久、品川、大村の主要3箇所の入管問題が論じられており、読み甲斐のある貴重な雑誌だ

2009年11月9日月曜日

(547)面白かった 「ビルマ万華鏡」②

(2009年11月9日)


  昨日に続き土橋康子氏が書いた「ビルマ万華鏡」について。たまたま目が「ナガの新年祭」のタイトルに移ったとき、私の目が釘付けになった。「・・・・写真家Gさん・・・・」。ビルマで写真家でGさんとくれば私の親友の後藤さんしかいない筈、でも自信はなかったので以降の頁をぐんぐんと読み飛ばしていった。そして「2006年2月再びナガ丘陵へ」という項目では「・・・・G先生とご一緒に」、「・・・・お気の毒にもG先生は階段を踏み外し」とあった。なぜかこの辺でG先生というのは後藤さんに違いないと確信できた。早速彼に電話してみたところ間違いなかった。そういえば、彼は「みんがらネットワーク」の会報の表紙を12年間毎号提供しており、このブログ読者も大勢彼の写真を知っている筈である。私は今この会報の全号の表紙を見ているが、11号をはじめナガの写真の多いのに気がついた(ナガはビルマ北西部の僻地)。

2009年11月8日日曜日

(546)面白かった 「ビルマ万華鏡」①

(2009年11月8日)

  先に(537)で新刊の「東洋の真珠ヤンゴン」を紹介したが、今日は「ビルマ万華鏡」。著者は土橋泰子氏で連合出版発行、表題の通り内容はビルマ関連の話題がいっぱい、ラングーン大学在学中の身近な話、ビルマのことわざや歳時記、少数民族の紹介、ヤンゴンの紹介、ナガ族の新年祭、国連事務総長ウ・タンとの出会いなど軽妙なタッチでエッセー風にまとめている。特に私が注目したのはビルマ人の名前、私は過去2000人に近いビルマ人と接してきたが、名前の意味やつけ方がよく理解できなかった。今回のこの土橋先生の書を読んで懸案はずばり氷解。例えば、AYE、MYINT、SHWE、HLA、SEIN、MYA、KYI、KYAW、HTIN、YIN、THANT、KHIN、NAING、AUNG、NU、など私の頭にある名前の多くが説明されており、今度会った時に使ってみたい。なお書中に某氏の名前が出てきたので本編明日も続ける。